【1月17日 MODE PRESS】いま日本が直面する問題の一つが、技術の伝承だ。伝統工芸の世界を例にとればそれは明らかで、たとえば、三重県を代表する伝統産業、伊勢型紙の世界では、最年少の職人が50代半ばで、70代、80代の職人が主流という。

■未来が見えない

 若者が門を叩き、「弟子入りしたい」と言ってくることもあるというが、逆に職人の側で断るのだと言う。なぜなら「この業界に未来はないから、この道は若者には進められない」という親心だという。悲しい言葉だ。かつては主に江戸小紋などに使われた染色用の型紙として隆盛し、1世紀半前には海外にも流出し、アールヌーボーやユーゲントシュティール、リバティプリントなど、欧米のデザイン運動に影響を与えたと近年欧米のキュレーターに指摘され、注目を集める、まさにクール・ジャパンの象徴だ。その価値が日本の国内で歴史に埋もれ、そして未来が見えない状況に陥っている。

 こうした状況は、全国の伝統工芸の里を訪れると聞かれる。販路がない、未来がない、というのが、総じて聞かれる現況だ。そんな現場に、最近はちらほら、30代、20代の若者が飛び来んでくるという。80代の最後の職人のあとを継ぐのが、20代の女子だったりするというのだ。加えて、30代の感性豊かなプロデューサーやアーティスト、デザイナーたちが、伝統工芸の里と繋がって、新たな商品開発に取り組むという例も増えている。

■若手たちによる新風に期待
 
 陶芸家、青木良太氏を中心とする若手陶芸作家のグループ「イケヤン☆」や、京都西陣織のHOSOO KYOTOの細尾真孝氏を中心とした京都の若手職人のユニット「GO ON」など、さらに唐津焼からはニューヨークに拠点を置いてモダンな陶芸作品を展開する中里花子氏など、世界を相手に、伝統工芸の技を武器にして立ち向かおうとする頼もしい動きが見られる。いまの40代〜60代の世代にとっては、伝統工芸の世界はあまりに近くにある古い世界だが、30代より若い世代では、「魅力ある新しい世界」として映るのだろうか。日本の宝と言われる伝統工芸の世界が、このジェネレーションには、開拓精神をかきたてられる宝の詰まった世界なのだ。

 繊維産業の世界でも、同様の状況が見られる。技術の伝承が危ぶまれるという声が多々聞かれるのだ。生産の拠点が他のアジアの諸国に移ったことで、技術まで同時に輸出するという状況が続いてきたが、いまその流れを変えようとする働きかけがある。たとえば山梨県に拠点を置き、オーガニックコットンのベビー子供服を製造する小林メリヤスでは、工場で、20代の若者と70代の熟練工とをあえて組ませて働かせる、まさにジェネレーション・コラボレーションを意識的に行っているという。20代の若者たちは、熟練工から「繊細さ」と「美意識」に満ちた技を教わり、熟練工は若者の体力とエネルギーにサポートされる。ジェネレーションをシャッフルさせる循環から、技術の伝承という道筋が見えてくるという。

 将来的に若者が一人で4人の老人を支えるという図が、年金の説明などによく使われる。高齢者の負担が若者の未来に向かう心を重くしている、とも言われる。また、ゆとり教育だのニートだ、フリーターだのと、若者たちを揶揄する言葉も耐えない。熟年者も若者も、互いに、頼りない、重荷だと、思い込んでいるがために「交われない」空気が、いまの日本の社会には冷ややかに流れている。果たして、これでいいのだろうか? 目指したいのは、逆の状況だ。高齢者は、精神的に、経験的に、俯瞰する視野という観点から、若者のチャレンジを支えるサポーター宣言をし、若者は高齢者から積極的に多くを学ぶ姿勢を示す。ジェネレーションの交流をホットに促すこと、それは伝統を革新へ、ものづくりを未来へとつないでゆく大きな原動力となるに違いない。【生駒芳子】

プロフィール:
ファッション・ジャーナリスト/アート・プロデューサー。東京外国語大学フランス語科卒業。 フォトジャーナリストとして旅行雑誌の取材、編集を経験。 その後、フリーランスとして、雑誌や新聞でファッション、アートについて執筆/編集。1998年よりヴォーグ・ニッポン、2002年よりエルジャポンで副編集長として活動の後、2004年よりマリ・クレール日本版・編集長に就任。2008年11月独立。ファッション、アート、ライフスタイルを核として、クール・ジャパン、社会貢献、エコロジー、女性の生き方まで、幅広く講演会出演、プロジェクト立ち上げ、雑誌や新聞への執筆に関わる。工芸ルネッサンスWAO総合プロデューサー、クール・ジャパン審議会委員、公益財団法人三宅一生デザイン文化財団理事、NPO「サービスグラント」理事、JFW(東京ファッションウィーク)コミッティ委員など。エスモード・ジャポン講師、杉野服飾大学大学院講師を務める。
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