【11月15日 MODE PRESS】永らくファッションに奔走してきた私が、伝統工芸なる世界に目覚めた背景には、私のもうひとつの大切な仕事、三宅一生(Issey Miyake)氏のアーカイブの編集、言語化という作業がある。1970年代より1999年に至るまで、パリコレクションで発表されてきたコレクションを、見返し、言語化し、辞書化しーーという仕事に携わっているのだが、このことによって得られたインスピレーション、刺激は数限りない。

■インスピレーションの集積、そして宝の山

 「ものづくりを大切にする」という三宅一生氏の姿勢は、70年代より現代に至るまで貫かれている。最先端のテクノロジーを生かした革新的繊維から、日本古来の繊維の伝統まで、一生氏の視野はじつに幅広く、そして奥深い。楊柳、こぎん、刺し子といった、伝統素材を現代の衣服に応用する氏の視線から、私は多くを学び、伝統工芸世界に出会ったときにも、その魅力や存在意義をすんなりと理解することができたのは、いま思えばまさに三宅一生氏のアーカイブに関わった体験が大きかったと思う。まさに、学びの成果だったのだ。

 ところで、三宅一生氏のコレクションは、どの年代のどの服も、いまでも「着てみたい!」と思わせるものであり、刺激的である。三宅一生氏のアーカイブとは、インスピレーションの集積、「宝の山」だと感じている。そして、通い詰めているスタジオは、まさに現代版「バウハウス」、若いスタッフが三宅一生氏を始め、多くの熟練したキャリア・スタッフと組んで仕事をする体験を積むため、新しい才能が次々芽吹き、はばたく。まるで学校のように、三宅一生氏のもとからは、新しい才能が育ち続けているのだ。

 これは、ものづくりの本来あるべき姿、「理想的」な姿といえる。DNAを絶やさず、継承していく。社会のことを配慮したデザインを考える。21世紀に入ってからの三宅一生氏のメッセージは、まさしくデザイン界、そしてものづくり世界をリードする。このスピリットは、後継者難で苦しむ伝統工芸の世界、これからの道筋を模索する繊維産業の世界に、ぜひとも応用していきたいスピリットだ。

 パリコレを離れて7年目の2007年に、三宅一生氏は、次のステージに向うためのアクションを起こした。20代のスタッフたちを交えた研究開発チーム「Reality Lab.」である。そして2010年には、衣服の未来、ものづくりの未来を探る「132 5. ISSEY MIYAKE」を発表。再生ポリエステル繊維に改良を重ねて生地を開発し、立体造型の数理を活かしたフォルムを宿らせた、未来型の衣服を誕生させた。実際、私は愛用しているが、着ていて楽しく、個性的で、軽くて、旅行にも便利な、アクティブに生きる女性を応援してくれる衣服だと感じている。

■谷崎潤一郎「陰翳礼賛」

 1枚の布が(1次元)、立体造型を経て(3次元)、畳むとフラットになり(2次元)、着ると時空が広がる(5次元)という「132 5.」は、デザインの未来を照らし出すという意味合いから、今年4月、デザイン界のオスカーと言われる、ロンドンの「デザイン・オブ・ザ・イヤー2012」の審査会で、ファッション部門最優秀デザイン賞を受賞した。そしてさらに、この「リアリティ・ラボ(Reality Lab.)」から、新たな世界が誕生。イタリアのArtemide(アルテミデ)社との共同開発で実現した、照明器具「陰翳 IN-EI ISSEY MIYAKE」だ。今年4月、フランクフルト国際照明・建築技術見本市「Light+Building」とミラノサローネ国際家具見本市において発表され、大きな反響を得たシリーズが、日本での発売を前に、11月半ばに、東京の展示会で初お目見えした。

 薄暗い空間に浮かび上がる照明器具は、ときに天井から吊るされ、棚に置かれ、床置きされーーとさまざまな空間の彩り方を披露し、折り紙で作られたような美しい幾何学造型を見せる。聞けば、シェードにはペットボトル再生繊維100%の不織布を用い、なおかつ素材に強度があるため金属や竹で支えなくとも素材だけで自立し、造型を形作っているという。光は、オリジナル開発のLED発光ユニット。シェードは「132 5.」と同じく、畳むとフラットになるので収納にも便利だ。  

 「美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える」とは、谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」からの言葉だが、まさに、日本古来の美の概念を、21世紀的に表現したーーと思われるのが、照明器具「陰翳」だ。造型から生まれるファンタジーにより、「めんどり」「ふくろう」などという可愛らしいネーミングもなされている。見たとたん「どれを部屋に置こうかーー」と、つい買い物モードに入ってしまう強い吸引力も新鮮だった。

 日本のものづくりを未来につなげる一番の力は、デザイン力である。三宅一生氏の活動が、そのことを証明し、また教えてくれる。【生駒芳子】

問い合わせ先:マックスレイ株式会社 03-5456-0311

プロフィール:
ファッション・ジャーナリスト/アート・プロデューサー。東京外国語大学フランス語科卒業。 フォトジャーナリストとして旅行雑誌の取材、編集を経験。 その後、フリーランスとして、雑誌や新聞でファッション、アートについて執筆/編集。1998年よりヴォーグ・ニッポン、2002年よりエルジャポンで副編集長として活動の後、2004年よりマリ・クレール日本版・編集長に就任。2008年11月独立。ファッション、アート、ライフスタイルを核として、クール・ジャパン、社会貢献、エコロジー、女性の生き方まで、幅広く講演会出演、プロジェクト立ち上げ、雑誌や新聞への執筆に関わる。工芸ルネッサンスWAO総合プロデューサー、クール・ジャパン審議会委員、公益財団法人三宅一生デザイン文化財団理事、NPO「サービスグラント」理事、JFW(東京ファッションウィーク)コミッティ委員など。エスモード・ジャポン講師、杉野服飾大学大学院講師を務める。
(c)MODE PRESS

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照明器具「陰翳」公式サイト