【12月6日 MODE PRESS】H&Mやユニクロ(UNIQLO)の店には、混雑はあっても気分は浮き立たない。それと比べて、高級ブランド店のかつての賑わいにはときめきがあった。中国人客が増えて一時は少し盛り返したようだったその賑わいも、今はすっかり灯が消えてしまったように見える。だから例えば、ヴォーグ(VOGUE)のファッションズ・ナイト・アウトも1年に1回の秋祭りのようにしか映らないのだ(今年日本は9月の開催に続いて、12月15日に大阪でも開催する)。高級店で閑古鳥が鳴き始めたのは東京だけのことではなくて、欧米の先進国ではもっと前から始まっていた。

■大きな曲がり角

 その大きな曲がり角は、2001年にアメリカで起きた9.11連続テロ事件だった。ニューヨーク・コレクションが中止になり、続くミラノやパリのコレクションでもアメリカのバイヤーやプレスが激減。パリ・コレの会場入り口に、ショーとはおよそ不似合いな金属探知機が据え付けられた。コレクション期間中のミラノのモンテ・ナポレオーネ通りやパリのフォーブル・サントノレ通りのブティックは、かつてはこの時とばかり買い物に走る各国のプレスやバイヤーたちで賑わったが、今ではそんな光景も見られない。2008年のリーマン・ショックがその流れに追い打ちをかけた。

 要するに、高級ブランドはしばらく前から先進国では以前ほど売れなくなっていて、その落ち込みに歯止めがかかっていないのだ。そして、その原因はテロや金融不安という政治・経済的な条件だけではなくて、高級ブランドが打ち出すクリエーションやスタイルが以前と比べて魅力を失ってきたことにあるのではないだろうか。コレクション期間中のミラノやパリのブティックが賑わいがないのも、プレスやバイヤーたちの収入や経費が減ったかどうかではなくて、ショーを見てもときめかず、買物意欲に火がつかないからなのだと思う。

■歴史主義という現象

 ハイエンドのファッションは、実はもう10年以上も前からさまざまなクラシックスタイルを取換え引換え引っ張り出したりごちゃ混ぜにしたりしてきただけで、新しいスタイルを生み出せない状態が続いている。ファッションに限らず、時代の大きな変わり目や世紀末に起きた「歴史主義」ともいわれる現象だ。次の新しい時代を担う勢力が自分たちの理念とその表現形式をはっきりと見いだせず、とりあえず今よりずっと前の優れた形式つまりクラシックを色々と持ち出してみる、というやり方だ。

 だが、老舗高級ブランドはそれ自身が一つのクラシックであるため、歴史主義との組み合わせは具合が悪い。これまでに「伝統」という名のもとで何度かくぐり抜けてきた深刻な自己矛盾が明るみに出てしまうからだ。最初の大きな矛盾は、1960年代後半から70年代にかけてオートクチュールからプレタポルテにビジネスの中心が移った時に起きた。

■最高級品の実質からイメージへ

 高級ブランド品とは本来は、最上の素材と職人技がデザイナーの感性という「技能」が結び合って作る最高級品を意味していた。それがプレタではマニュアル化された「技術」が生み出す工業製品へと変わった。それに伴って、高級ブランド品の意味は「最高級品の実質」から「イメージ」に移り変わった。これは言葉と意味の矛盾を隠す一種のペテンなのだが、プレタはより多くの人が手に入れやすくなったことで新しい時代の感覚と合った魅力的なクリエーションも生み出した。

 そして、次の自己矛盾→ペテンは、90年代に進められた高級ブランドの系列グループ化に伴って起きた。ブランドを支配する経営者たちにとっては、高級品は製品そのものやそのイメージでもなくて、「高い収益を生むもの」ということが最優先の意味となった。その矛盾を隠すために、ブランドの伝統を敢えて強調しつつ注目の若手デザイナーを起用し、伝統とは逆の現代的なイメージを打ち出した。LVMHグループのアルノー(Bernard Arnault)らがよく言う「ブランドの時代を超えた魅力」の中身には、そんなからくりが隠されている。

■ペテン的なからくり

 こんなペテン的なからくりが生み出す高級ブランド品が、いつまでも消費者の心をつかむ保証はない。そして、高級ブランドのもっと根本的な自己矛盾とは、最初は時代の変化にいち早く反応した「革新者」から、クラシックとしての「伝統」になってしまったことだ。その中でなお革新者であろうとしたデザイナーたちは、この矛盾の死屍累々たる犠牲者になった。

 プレタの時代に向けて引退を決意した最初の犠牲者はクリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balenciaga)で、ライセンス生産やプレタに積極的だったディオール(Christian Dior)やサンローラン(Yves Saint Laurent)はむしろ最初から自覚的でそれでも魅力的な半ペテン師だった。90年代以後はトム・フォード(Tom Ford)から始まって、マックイーン(Alexander McQueen)やガリアーノ(John Galliano)、マルジェラ(Martin Margiela)・・・と大物だけでもきりがないほど。

 高級ブランドはいま、中国やロシア、インドといった人口の多い新マーケットの拡大によって何とかビジネスを続けている。だが、欧米や日本のファッション市場では今後生き残っていけるのかどうか?その可能性または不可能性については次回(13年1月10日掲載分)に述べる。【上間常正】

プロフィール:
1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として 海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリスト としても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。
(c)MODE PRESS