<MODE PRESS特別講義>ファッションが終わる前に:第3回「イメージ優先の社会から中身化する社会へ」
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【11月22日 MODE PRESS】
~エディ・スリマンが語るファッションの未来~
先日、サンローラン(Saint Laurent)のクリエイティヴ・ディレクターに就任して話題を呼んだエディ・スリマン(Hedi Slimane)が「スタイル・ドットコム」の人気シリーズ企画「future of fashion」にて、彼ならではのファッションの未来を語っている。「ファッションというのは、その定義や考え方からしても、“まさに今”であることだ。僕が思うに、今まで以上に“まさに今”であることが必要だ」。
スリマンはファストファッションの拡がりについてはこう語る。「ファストファッションは、なにか別の存在になるだろう。例えばアップル・コンピュータのように、デザインが技術革新やそのセンスを通して、より広いオーディエンスと出会えるような。僕は、これからのファッションは、ラグジュアリーとファストファッションの間のある地点で、新しい形態を発明してくれると信じている」※参照リンク(1)
~ファッションという計画的陳腐化~
では、デザインに関して違う視点で未来を占うプロの意見に耳を傾けてみたい。IBMが2004年より行なっている研究プロジェクト、IBM グローバル・イノベーション・アウトルック (GIO: Global Innovation Outlook)というものがある。これは医療、環境、政府の役割、企業の未来といった今日の重要課題について、世界的に注目されているさまざまな立場の識者が、オープンで、率直かつ自由に議論する場で、その報告書が2006年に発表されている。その中に「形より中身か」というコラムがある。日々大量に発生するゴミや不用品を将来どうすべきかについての考察のひとつで、このように述べている。
「工業デザイナーのBrooks Stevens氏が 1950 年代半ばに“計画的陳腐化”を唱えたとき、その考え方がここまで浸透するとは本人も思っていなかったことでしょう。もちろん今日では、大半の消費者にとって“より新しい”は“より良い”と同義です。トースターからテレビやトラックに至るまで、あらゆる製品において新しいモデルや機能が次々に発表され、ますます多くの製品が頻繁に廃棄される結果になっています。(中略)処理を意識して設計すれば、メーカーは製品をモジュール化して捉えるようになり、本当にアップデートが必要な部品の開発にエネルギーを集中できるようになると、複数の参加者が指摘しています。例えば、デジタル・カメラのモデル・チェンジ時に大半の部品に変更がないのであれば、変更のある少数の部品を簡単に取り出して新しい部品や機能と交換できるように、カメラを設計するようになります。そうすれば、継続的に収益を上げながら、製品の“計画的陳腐化”という悪しき側面を廃し、新製品のイノベーションを推進することができます。ここでの大きな懸念は、製品イノベーションの焦点が形から機能に移った場合、プロダクト・デザイナーからも消費者からも最初は抵抗を受けるだろうというものです」。※参照リンク(2)
この「計画的陳腐化」という言葉は、新製品を市場に投入するにあたって、旧製品が陳腐化するように計画することで、新製品の購買意欲を上げるマーケティング手法のこと。例えば、僕らが普段手にする携帯電話やスマホ、パソコン、そしてファッション衣類など様々な分野で「計画的陳腐化」は一般化された手法として普及している。そして、この消費主義の世界では、消費者である個人の個性も消費行動が規定してしまう。「I shop therefore I am」(我、消費する、ゆえに我在り)という現代美術のアーティスト、バーバラ・クルーガーの有名な作品があるように、計画的陳腐化をあらかじめ組み込まれた商品を買い続ける限り、人々の個性も計画的陳腐化していく。
ファッションは、実は着る者の個性の表現ではなく、入念にマーケッティングされた消費者の計画的陳腐化の象徴という側面もあるのだ。しかし、このIBMのレポートが言うように、もし「ファッションの焦点が形から機能に移った」としたら、どうなるだろう。そしてエディ・スリマンが占うように、技術革新こそに未来があるとしたら。ファッションの焦点が、デザインから機能に移る時代が到来しようとしていると思える。つまりファッションのテーマが「見えるもの」から「見えないもの」へ進化しつつあるのだ。
~人間のタブレット化~
ここで見た目と中身の関係で思い起こされるのは、数年前まで流行していたデザイン携帯がある。スマートフォンの登場でほぼ絶滅してしまった、この著名デザイナーなどが関わったデザイン重視の携帯電話は、まさに日本の家電のガラパゴス化を象徴する商品だった。中には様々なファッション・ブランドとコラボした商品も多く出回った。既にアメリカでiPhoneが発表されていたのに、日本の家電メーカーは競って、外見重視のデザイン携帯を競うように発売し、一時期はヒット商品も出たが、予想どおり、iPhoneを筆頭とする海外勢のスマートフォンにそのシェアを奪われてしまった。
スマートフォンという圧倒的に高機能である携帯電話が登場した以上、もはやどんなにデザインの斬新さを誇示しようとデザイン携帯をこれ見よがしに持っている者は、まさにスマートではない。さらにiPadに代表されるタブレットも爆発的に普及している。これらはメーカーや型番が違えど、ほぼ見た目が同じ、シンプルな一枚の板だ。タブレットはもはやデザイン云々ではない。しかし、そのメモリーの大きさや操作性、そしてそこに収められたアプリなどの中身はそれぞれ全く異なっている。
今や人もそうなりつつある。外見はどんどんカジュアルに、目立たないスタイルが支持されているが、それでも個人個人の情報処理能力や専門性はますます高まっている。つまり、今や人のタブレット化が進んでいるのだ。
~自分のシグネチャー化~
タブレットのように、人々が外見でなく中身中心に差別化、個性化すること。これを僕は「中身化」と呼んでみたい。ソーシャルメディアの時代は、人や集団の上っ面のイメージや外見を無効化して、むきだしの中身を露呈させる。それがより魅力的であろうと醜悪であろうと。そういう中身化する社会の中で、では人々はどう個性を表現すればいいのだろう。例えばより個人に力点が置かれようとしている仕事の世界において、どういう個性の表現が求められているのだろうか。
仕事の未来を予言する本として話題を呼んでいるのが、リンダ・グラットンの『ワークシフト』(プレジデント社)。グラットンはロンドン・ビジネススクールの教授で、専門は組織行動論。2008年にはファイナンシャル・タイムズ紙により向こう10年間で大きな影響力をもつ可能性が最も高いビジネス思想家に、2011年にはタイムズ紙により世界のビジネス思想家上位15人の一人に選ばれている。この本の中でグラットンは次のように指摘する。
「多くのライバルがひしめき合う市場では、企業やブランドだけでなく、個人にとっても自分の“シグネチャー(署名)”を明確に打ち出すことが非常に重要になる。世界中の人々が能力を築くチャンスを手にする結果、労働市場の競争が激しくなるので、自分の能力を証明する必要性が高まるのだ」。
その“シグネチャー”を高める生き方をするために、グラットンは高い専門技能を持つこと、協調的人間関係、そして消費主義的な生き方からの脱却という、三つの<シフト>を多様な事例を紹介しつつ提案している。ファッショナブルで流行的であれなどとはひとつも言っていない。むしろ反対だ。
~コミュニケーションの解像度が上がった~
自分のシグネチャーを明確に打ち出す生き方をすることが、未来において自分が計画的陳腐化を避ける最大の方法と言えるのではなかろうか。逆に言うと、そうしないと、僕らは思想家・作家の東浩紀がいうところの「動物化」してしまうのだから。そしてファッショナブルであることは、もはや時代に対して「速く」も「スマート」でもなくなりつつある。
このイメージ優先から中身化への価値観のシフトは、コミュニケーションのレベルが一段上がったことではないかと僕は考えている。ソーシャルメディアの普及により、それまでのイメージ操作による見栄えや誇張がほぼ効かなくなったということは、コミュニケーションの解像度が上がったとも言えるはずだから。今やコミュニケーションにおける曖昧なものがかなりクリアに可視化されるようになっている。これはコミュニケーションの進化と呼んでいいだろう。
では、そのコミュニケーションの解像度が上がった社会に対応するファッションというのはどういうかたちであり得るのか。それは「見えるもの」から「見えないもの」を提供する業態へと進化することではないかと僕は考えている。(第4回へ続く)【菅付雅信】
プロフィール
編集者。1964年生れ。元『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』編集長。出版からウェブ、広告、展覧会までを“編集”する。編集した本では『六本木ヒルズ×篠山紀信』、北村道子『衣裳術』、津田大介『情報の呼吸法』、グリーンズ『ソーシャルデザイン』など。現在フリーマガジン『メトロミニッ ツ』のクリエイティヴ・ディレクターも努める。連載は『WWD JAPAN』『コマーシャルフォト』。著書に『東京の編集』『編集天国』『はじめての編集』がある。
(c)MODE PRESS
【関連情報】 過去の記事はこちら
・第2回「ファッションはもはや“速い言葉”ではない」前編後編
・第1回「ソーシャルメディアは見栄を殺す」
【記事参照】 ※すべて外部サイト
・※参照リンク(1) スタイル・ドットコムの「future of fashion」
・※参照リンク(2) IBM グローバル・イノベーション・アウトルック 2.0
ニュース提供社について
~エディ・スリマンが語るファッションの未来~
先日、サンローラン(Saint Laurent)のクリエイティヴ・ディレクターに就任して話題を呼んだエディ・スリマン(Hedi Slimane)が「スタイル・ドットコム」の人気シリーズ企画「future of fashion」にて、彼ならではのファッションの未来を語っている。「ファッションというのは、その定義や考え方からしても、“まさに今”であることだ。僕が思うに、今まで以上に“まさに今”であることが必要だ」。
スリマンはファストファッションの拡がりについてはこう語る。「ファストファッションは、なにか別の存在になるだろう。例えばアップル・コンピュータのように、デザインが技術革新やそのセンスを通して、より広いオーディエンスと出会えるような。僕は、これからのファッションは、ラグジュアリーとファストファッションの間のある地点で、新しい形態を発明してくれると信じている」※参照リンク(1)
~ファッションという計画的陳腐化~
では、デザインに関して違う視点で未来を占うプロの意見に耳を傾けてみたい。IBMが2004年より行なっている研究プロジェクト、IBM グローバル・イノベーション・アウトルック (GIO: Global Innovation Outlook)というものがある。これは医療、環境、政府の役割、企業の未来といった今日の重要課題について、世界的に注目されているさまざまな立場の識者が、オープンで、率直かつ自由に議論する場で、その報告書が2006年に発表されている。その中に「形より中身か」というコラムがある。日々大量に発生するゴミや不用品を将来どうすべきかについての考察のひとつで、このように述べている。
「工業デザイナーのBrooks Stevens氏が 1950 年代半ばに“計画的陳腐化”を唱えたとき、その考え方がここまで浸透するとは本人も思っていなかったことでしょう。もちろん今日では、大半の消費者にとって“より新しい”は“より良い”と同義です。トースターからテレビやトラックに至るまで、あらゆる製品において新しいモデルや機能が次々に発表され、ますます多くの製品が頻繁に廃棄される結果になっています。(中略)処理を意識して設計すれば、メーカーは製品をモジュール化して捉えるようになり、本当にアップデートが必要な部品の開発にエネルギーを集中できるようになると、複数の参加者が指摘しています。例えば、デジタル・カメラのモデル・チェンジ時に大半の部品に変更がないのであれば、変更のある少数の部品を簡単に取り出して新しい部品や機能と交換できるように、カメラを設計するようになります。そうすれば、継続的に収益を上げながら、製品の“計画的陳腐化”という悪しき側面を廃し、新製品のイノベーションを推進することができます。ここでの大きな懸念は、製品イノベーションの焦点が形から機能に移った場合、プロダクト・デザイナーからも消費者からも最初は抵抗を受けるだろうというものです」。※参照リンク(2)
この「計画的陳腐化」という言葉は、新製品を市場に投入するにあたって、旧製品が陳腐化するように計画することで、新製品の購買意欲を上げるマーケティング手法のこと。例えば、僕らが普段手にする携帯電話やスマホ、パソコン、そしてファッション衣類など様々な分野で「計画的陳腐化」は一般化された手法として普及している。そして、この消費主義の世界では、消費者である個人の個性も消費行動が規定してしまう。「I shop therefore I am」(我、消費する、ゆえに我在り)という現代美術のアーティスト、バーバラ・クルーガーの有名な作品があるように、計画的陳腐化をあらかじめ組み込まれた商品を買い続ける限り、人々の個性も計画的陳腐化していく。
ファッションは、実は着る者の個性の表現ではなく、入念にマーケッティングされた消費者の計画的陳腐化の象徴という側面もあるのだ。しかし、このIBMのレポートが言うように、もし「ファッションの焦点が形から機能に移った」としたら、どうなるだろう。そしてエディ・スリマンが占うように、技術革新こそに未来があるとしたら。ファッションの焦点が、デザインから機能に移る時代が到来しようとしていると思える。つまりファッションのテーマが「見えるもの」から「見えないもの」へ進化しつつあるのだ。
~人間のタブレット化~
ここで見た目と中身の関係で思い起こされるのは、数年前まで流行していたデザイン携帯がある。スマートフォンの登場でほぼ絶滅してしまった、この著名デザイナーなどが関わったデザイン重視の携帯電話は、まさに日本の家電のガラパゴス化を象徴する商品だった。中には様々なファッション・ブランドとコラボした商品も多く出回った。既にアメリカでiPhoneが発表されていたのに、日本の家電メーカーは競って、外見重視のデザイン携帯を競うように発売し、一時期はヒット商品も出たが、予想どおり、iPhoneを筆頭とする海外勢のスマートフォンにそのシェアを奪われてしまった。
スマートフォンという圧倒的に高機能である携帯電話が登場した以上、もはやどんなにデザインの斬新さを誇示しようとデザイン携帯をこれ見よがしに持っている者は、まさにスマートではない。さらにiPadに代表されるタブレットも爆発的に普及している。これらはメーカーや型番が違えど、ほぼ見た目が同じ、シンプルな一枚の板だ。タブレットはもはやデザイン云々ではない。しかし、そのメモリーの大きさや操作性、そしてそこに収められたアプリなどの中身はそれぞれ全く異なっている。
今や人もそうなりつつある。外見はどんどんカジュアルに、目立たないスタイルが支持されているが、それでも個人個人の情報処理能力や専門性はますます高まっている。つまり、今や人のタブレット化が進んでいるのだ。
~自分のシグネチャー化~
タブレットのように、人々が外見でなく中身中心に差別化、個性化すること。これを僕は「中身化」と呼んでみたい。ソーシャルメディアの時代は、人や集団の上っ面のイメージや外見を無効化して、むきだしの中身を露呈させる。それがより魅力的であろうと醜悪であろうと。そういう中身化する社会の中で、では人々はどう個性を表現すればいいのだろう。例えばより個人に力点が置かれようとしている仕事の世界において、どういう個性の表現が求められているのだろうか。
仕事の未来を予言する本として話題を呼んでいるのが、リンダ・グラットンの『ワークシフト』(プレジデント社)。グラットンはロンドン・ビジネススクールの教授で、専門は組織行動論。2008年にはファイナンシャル・タイムズ紙により向こう10年間で大きな影響力をもつ可能性が最も高いビジネス思想家に、2011年にはタイムズ紙により世界のビジネス思想家上位15人の一人に選ばれている。この本の中でグラットンは次のように指摘する。
「多くのライバルがひしめき合う市場では、企業やブランドだけでなく、個人にとっても自分の“シグネチャー(署名)”を明確に打ち出すことが非常に重要になる。世界中の人々が能力を築くチャンスを手にする結果、労働市場の競争が激しくなるので、自分の能力を証明する必要性が高まるのだ」。
その“シグネチャー”を高める生き方をするために、グラットンは高い専門技能を持つこと、協調的人間関係、そして消費主義的な生き方からの脱却という、三つの<シフト>を多様な事例を紹介しつつ提案している。ファッショナブルで流行的であれなどとはひとつも言っていない。むしろ反対だ。
~コミュニケーションの解像度が上がった~
自分のシグネチャーを明確に打ち出す生き方をすることが、未来において自分が計画的陳腐化を避ける最大の方法と言えるのではなかろうか。逆に言うと、そうしないと、僕らは思想家・作家の東浩紀がいうところの「動物化」してしまうのだから。そしてファッショナブルであることは、もはや時代に対して「速く」も「スマート」でもなくなりつつある。
このイメージ優先から中身化への価値観のシフトは、コミュニケーションのレベルが一段上がったことではないかと僕は考えている。ソーシャルメディアの普及により、それまでのイメージ操作による見栄えや誇張がほぼ効かなくなったということは、コミュニケーションの解像度が上がったとも言えるはずだから。今やコミュニケーションにおける曖昧なものがかなりクリアに可視化されるようになっている。これはコミュニケーションの進化と呼んでいいだろう。
では、そのコミュニケーションの解像度が上がった社会に対応するファッションというのはどういうかたちであり得るのか。それは「見えるもの」から「見えないもの」を提供する業態へと進化することではないかと僕は考えている。(第4回へ続く)【菅付雅信】
プロフィール
編集者。1964年生れ。元『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』編集長。出版からウェブ、広告、展覧会までを“編集”する。編集した本では『六本木ヒルズ×篠山紀信』、北村道子『衣裳術』、津田大介『情報の呼吸法』、グリーンズ『ソーシャルデザイン』など。現在フリーマガジン『メトロミニッ ツ』のクリエイティヴ・ディレクターも努める。連載は『WWD JAPAN』『コマーシャルフォト』。著書に『東京の編集』『編集天国』『はじめての編集』がある。
(c)MODE PRESS
【関連情報】 過去の記事はこちら
・第2回「ファッションはもはや“速い言葉”ではない」前編後編
・第1回「ソーシャルメディアは見栄を殺す」
【記事参照】 ※すべて外部サイト
・※参照リンク(1) スタイル・ドットコムの「future of fashion」
・※参照リンク(2) IBM グローバル・イノベーション・アウトルック 2.0