【10月18日 MODE PRESS】
~服よりもライフスタイルを競う時代~

 9月末にアメリカ西海岸のサンフランシスコを訪れた。この街を訪れようと思ったきっかけは、5月にニューヨークを訪れた際に、現地で会った人たちからさかんに西海岸、そしてサンフランシスコの話を聞いたからだ。中には最近サンフランシスコからニューヨークに移ってきたばかりの人や、またはサンフランシスコとニューヨークを行き来して生活している人もいるなど、このふたつの両海岸を代表する街が密接につながって刺激しあっていることを感じさせた。

 特にブルックリンで確実に広まっているオーガニックやハンドメイド&カスタムメイド、サードウェイブ・コーヒーなどのムーブメントの話になると「これらの源流は、西海岸、特にサンフランシスコから来ている」と彼らは言う。そうであればこれは行くしかない。

 サンフランシスコは、人口が80万人という決して大都市と呼べる規模ではない。しかし、西海岸最大の金融地区と周辺にシリコンバレーを抱え、市内中心にツィッターの本社、近郊にアップルを始めとするコンピューター&ソフトウェア関連の本社が軒並み揃い、大変活気のある街だ。現地の人々に聞くと、市内の家賃は人口900万人のニューヨーク・マンハッタンとほぼ同じだという。

 そのサンフランシスコで11名のクリエイターやアーティストを取材した。なかでも最近ニューヨークからサンフランシスコに移ってきたばかりのニキ・バイロンは両方の比較が出来る良きサンプルだろう。彼は、ニューヨークで大変話題のフリーマンズというお店のディレクター。このフリーマンズは、バーバー(床屋)、カフェ、ブティックなどからなる複合業態ショップで、ニューヨークに数件あり多くのメディアに紹介されている。今のバーバー・ブームの引き金にもなった店だ。そのサンフランシスコの支店が1年前にオープン。「フリーマンズ・スポーティング・クラブ・バーバー」というその店は、バーバーとファッション・ブティックが同居した変わった構成で、ブティックでは地元のファクトリー中心のこだわりのカジュアル・ウェアを置いており、それらのほぼ全てがメイド・イン・USAということを謳っている。

 ニキはふたつの都市を比較して、「サンフランシスコはニューヨークに負けないくらい活気があるのに、もっとリラックスしている。車や自転車ですぐに美しいビーチや山にも行けるし、近くで本格的なアウトドアも楽しめる。ニューヨークにはこんな感じの快適さはないよね」と語る。

 フリーマンズという特殊な業態の店は、最近ライフスタイル・ショップと呼ばれることも多い。このことについて彼は「今日多くの雑誌がライフスタイルに焦点を当てていて、ライフスタイルが競争的になっているね。これは“誰がよりよい生活をおくっているか”が関心事で、フェイスブックやインスタグラムがどこかの場所の他人のライフスタイルを丸見えにしていることに関係あると思う」

 ファッションのスペシャリストである彼は、今の人々のファッション消費についてこう語る。「今はラグジュアリーからもっと機能的で職人性が高いものに皆の関心が向かっている。それは知的な動きだね。例えばジーンズでも、“これはどういうコットンで、どういうファクトリーで作られている”ということを、人々は言いたくなっている。これは情報がより重要になっているから。そしてこういう職人性の見直しは、新しい仕事を生み、多くの人々を刺激するはずだよ」

~ファッションはインスタントな言語ではなくなった~

 サンフランシスコのニキ・バイロンが語るラグジュアリー離れの傾向を、ニューヨークを代表する名物エディターでありコラムニストのグレン・オブライエンもこう語っている。
「ニューヨーカーの関心が、大きなファッションブランドやラグジュアリーより、ユニークな商品やクオリティの高い食べ物を見つけることに移ってきた。手作りのビール、チーズ、ワインといったおいしいものが山ほどある。大量生産が登場する前の20世紀の前半のやり方に回帰しているかもしれない」(『ポパイ』2012年10月号「ニューヨーク・シティガイド」特集より)

 「モードは言語活動である」とはフランスの記号論の第一人者ロラン・バルトの有名な言葉だ。かつて、ファッションはとても効果的でスピーディーな言語だった。ミウチャ・プラダもこう語っている。

「あなたが何を着ているかが、あなたの世界へのプレゼンテーション。特に今日は人々のコンタクトがすごく速くなっている。ファッションはインスタントな言語です」
 
 しかし、ファッション以上に速い言語を既に人々が持ち始めているとしたら、どうだろう。ニキ・バイロンは、フェイスブックやインスタグラムの普及によって、ラグジュアリーな服で着飾る競争ではなく、ライフスタイルの競争になっていると語った。ソーシャル・メディアでの情報発信の方が、今やファッション以上に速い言語なのだ。(後編に続く)【菅付雅信】

プロフィール
編集者。1964年生れ。元『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』編集長。出版からウェブ、広告、展覧会までを“編集”する。編集した本では『六本木ヒルズ×篠山紀信』、北村道子『衣裳術』、津田大介『情報の呼吸法』、グリーンズ『ソーシャルデザイン』など。現在フリーマガジン『メトロミニッツ』のクリエイティヴ・ディレクターも努める。連載は『WWD JAPAN』『コマーシャルフォト』。著書に『東京の編集』『編集天国』『はじめての編集』がある。
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