【10月15日 MODE PRESS】気づけばいつの間に、爪のお手入れをプロにお任せするようになっていました。私が学生の頃は、マニキュアを数色使って一生懸命自分でグラデーションを作ってみたりしていたものですが、ネイルサロンが増えていくのに半比例するように、「自分でマニキュアを塗る派」は減少していきました。今や、周りのほとんどの女子は、美容院に行く感覚で、当たり前のようにネイルサロンに通っています。

 ネイルをキチンと整えたいと思う理由のひとつは、レストランで食事するとき、手元は意外と目立つから。ワイングラスを持ったり、ナイフ&フォークで食べ物を切ったり、ナプキンを口元に運んだり――そんな時、ネイルの状態は否応なしに同席者の視界に入ってしまいます。きっちりお手入れされているのかいないのか、シンプルなデザインかゴージャスなデザインか、どんな色を使っているのか……という情報が意識的にも無意識的にも相手の記憶にインプットされ、そこから自分の性格や趣味といったものが多少なりとも印象づけられてしまうのです。

―カトラリーの変遷

 ナイフ&フォークの話が出たところで、食事をするときに必要不可欠なカトラリーについてちょっと考察してみたいと思います。実は、その歴史を紐解いてみると、私たちが爪を飾りたくなる習性(?)の秘密を垣間見ることができるのです。

 食卓用のナイフやフォーク、スプーンの総称を指す「カトラリー」。これらは、いつから人々にとって身近な存在になったのでしょう?人類がモノを食するために一番最初に使ったモノは、まさに「手」です。いまでもパンをちぎったり、甲殻類の殻をむいたり、お寿司をいただいたりする際に、手を使うことは結構ありますよね。そう思うと、手はいつの時代においても、食事には欠かせない大切な「道具」のひとつなのだと再認識させられます。ナイフは200万年前に遡るほど古い歴史を持ち、人々はナイフと手をつかって食べ物を口に運んでいました。その後スプーンが普及したのは17世紀になってから。そのサイズは富を表すとされ、皆こぞって巨大なスプーンを持ち、これみよがしにベルトにぶら下げていたのだそうです。イギリスでは、洗礼式にスプーンを贈る習慣が確立されましたが、身分や貧富の差によって材質が異なっていたのだとか。フォークの歴史は更に浅く、4本歯のテーブルフォークが誕生したのは1700年代のこと。こちらも「繁栄の象徴」として重宝され、競い合うように華麗な装飾がなされるようになったのでした。

 ちなみに、当時のヨーロッパではテーブルの上にカトラリーは置かれておらず、自分のナイフやフォークを小さな袋に入れて持ち歩いていたのだそう。つまり、食事をするときに必ず利用する「マイ・カトラリー」の大きさや材質や装飾こそが、富や権力、そしてアイデンティティーを表現する手段だったのです。

―マイ・カトラリーに代わるもの

 今では、レストランに足を運べばナイフとフォークがずらりテーブルに並べられており、提供されたそれらを使うスタイルが定着しています。カトラリーはあくまでもお店側のセンスや個性が反映されたものであり、ゲストが自己表現をするものではなくなりました。でも、思い出してみてください。唯一、今でも持ち歩ける、食事に欠かせない道具――そう、それが我々自身の手。よって、カトラリーに代わって手先に装飾を施すことで、自分を表現したり、演出したりすることが可能となってくるのです。

 レストランで、グレーのスーツに身を包んだ清楚な女性と食事をしていたとき、ふと目に入った彼女のネイルが深紅だったとしたら?豹柄だったとしたら?ちょっとドキっとさせられませんか?そこに、ぱっと見ただけでは気づかない情熱的な部分や野性的な感性を見て取ることができ、実はそれが本来の彼女のテイストだったりするものです。

 ネイルは、最大限の自己表現が可能となる小さなキャンバスの集合体。健康的なピンク色か、ストーンやパール、あるいはラメをあしらうか、フレンチにするか、若しくはグラデーションか……などなど、選択できるアートの種類は実に多彩です。ジェルネイルが主流となったいま、洋服は毎日変えられますが、ネイルはそうもいきません。ならば、手元にある、数平方センチメートルの世界にこそ、自分らしさを存分に盛り込んでみてはいかがでしょうか?【瀬川あずさ】

プロフィール:
聖心女子大学卒業後、施工会社の秘書を務め、飲食店の企画、設計、施工業務に携わりながら、レストラン巡りに没頭する。その後趣味が高じて、フードアナリ ストならびにワインエキスパート資格を取得。現在は、記者・ライター業、ワインスクール講師、飲食店メニュー開発などを務め、食を通じた豊かなライフスタ イルを提案するべく活動中。
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