【9月6日 MODE PRESS】モノ離れ(特に若者の)や「嫌消費」ということがいわれて久しい。消費全体が落ち込む中で、ファッションの売り上げも年々落ちている。だが、〝モード離れ〟〝嫌ファッション〟という言い方はまだ聞かない。ファッションが多くの人の生活の中で欠かせないことの一つになっていて、それが自己表現と切り離せないものだと思われているからだろう。

-ファッションの役目

 だが、ファッションが表現の手段として自由に選べるようになったのは、歴史的にはそんな昔のことではない。それは、ヨーロッパで近代的な市民社会ができて、服をあるていど大量に作る技術が発達した19世紀の終わりごろになってからのこと。つまり、ファッションは近代の始まりと共に生まれて、近代の産業社会が必要とした男女の社会的役割を強調しながら、常に新しさの魅力を打ち出すことで消費をそそる役目をずっと果たし続けてきた。

 近代という社会の仕組みもファッションの役目も、現代と呼ばれる今でも基本的には変わっていない。だからもし近代が終わるとすれば、我々がいま理解している形でのファッションも終わると考える方が自然だろう。そして今、激しさを増す一方の自然災害や環境破壊、テロ、貧富の格差、原発事故……と、近代のダメ詰まりを思わせるような事態が世界中で次々と起きている。ではファッションはどうダメ詰まっているのか?

-すでに終わったもの

 その意味では、もうひと月も前のことだがロンドン五輪閉会式のファッションのアトラクションは、さまざまな暗示に満ちていた。英国のユニオンジャックをデザインした会場をランウェイに、ケイト・モス(Kate Moss)やナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)、リリー・コール(Lily Cole)といったスーパーモデルたちが、「アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)」(デザインは今のサラ・バートン(Sarah Burton)だが)や「ヴィヴィアン ウエストウッド(Vivienne Westwood)」、「ステラ マッカートニー(Stella McCartney)」などの服を着て練り歩いた。英国代表五輪選手団のテーマ曲にはデヴィッド・ボウイ(David Bowie)の曲が使われ、今回のため再結成されたスパイス・ガールズは約5年ぶりとなるライブを行った。

 英「ヴォーグ(Vogue)」誌のルシッダ・センバース(Lucinda Chambers)がスタイリングした「ゴールド」がテーマのこの〝ファッションショー〟は、華やかで魅惑的だった。イギリス発のイギリス人によるファッションは十分に世界的で、多くの人々を引きつける力がある。しかしそれは「すでに終わったもの」といえないこともなかった。スーパーモデルたちはもう現役とはいえないし、ヴィヴィアンも同じ。マックイーンはもうこの世にいない。少なくとも、そこに未来に続く新しさは全く感じられなかったことは否めない。

-終わりへの予感

 英国は世界に先駆けて市民革命や産業革命を成し遂げ、今はアメリカにその座を譲ったとはいえ、近代を推し進める主役を果たしてきた。その近代がついに来るかもしれない終わりに向かって揺らぎ始めた時に、オリンピックが英国で開かれたことも何か象徴的な気もする。オリンピックは近代的な体力や健康を魅力的な見せ方で推進してきたのだし、近代的な大量消費への欲望をそそってきたファッションのショーが「閉会式」で登場したこともやはり象徴的なことだったとも思えた。

 「終わり」への予感に満ちたこの閉会式で、違う意味で最も心に残ったのは、やはり故人ではあるけれど、ジョン・レノンの「イマジン」の映像と言葉だった。ジョンが歌う内容は、「競争してより多くの富を得ること」を基本的な原理とする近代という社会の中では実現しないことだからだ。だからそれは「未来」に向けて語られた夢に違いないのだ。それと比べると、やはり近代の富の象徴である「ゴールド(金)」で彩られたショーの服は、その魅力を過去に向けて語ることしかできなかったのだと思う。

-次の未来へ向けて

 ファッションの終わりへの予感は、ロンドンの閉会式に限らず現代のファッション産業システムのさまざまな現場ですでに起きているだろう。この連載では、そうした場で起きていることを具体的に取り上げて考えていこうと思う。といっても、人を魅了するファッションという存在そのものが終わってしまうことでは決してない。近代社会の中で役割を果たしてきた「ファッション」は、「女・子どものもの」と軽んじられてきた中で、軽んじる側の権威や欺瞞を鋭くからかう批判精神を持ち続けてきた。

 もしかすると、ファッションはその批判精神や反抗心の中に、次の「未来」へ向けて近代を突き抜ける「何か」とそれを魅力的に見せるパワーを育んできているのかもしれない。そんなことを探ってみたい。【上間常正】

プロフィール:
1947年東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒業後、朝日新聞社入社。学芸部記者として教育、文化などを取材し、後半はファッション担当として 海外コレクションなどを取材。定年退職後は文化女子大学客員教授としてメディア論やファッションの表象文化論などを講義する傍ら、フリーのジャーナリスト としても活動。また一方で、沖縄の伝統染め織を基盤にした「沖縄ファッションプロジェクト」に取り組んでいる。
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