【AFP記者コラム】鳥の目で見るサッカーW杯
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【7月5日 AFP】走り回る22人の男たちを、7階建てのビルと同じ高さから見下ろすのは何とも不思議な感覚だ。カメラのレンズ越しに試合を見ているうちは何ともない。しかし自分自身の目で見ようとすると、高所恐怖症ではないが、クラクラする。
私は今回、サッカーW杯ロシア大会(2018 World Cup)の多くの試合を、キャットウオークと呼ばれるスタジアムの屋根のすぐ下の通路から撮影している。AFPがW杯をこうした形で取材するのは初めてで、それによって思いがけないアングルや画像が生まれている。W杯の試合の動きを上空から見ることに私たちは慣れていないので、ただただ驚くばかりの画像もある。
これまでこの位置から取材したのは、ロストフナドヌー(Rostov-on-Don)、エカテリンブルク(Yekaterinburg)、ソチ(Sochi)のスタジアムだ。モスクワはこの位置からの撮影許可をまだ得ておらず、どうなるか分からない。
この高さで仕事をするためにはトレーニングが必要で、私はタイのバンコクであるコースを受講し、そこでコーチから下に物を落とさないための衣服の着方や行動の仕方を習った。この高さから何かを落とせば人の命を奪う危険もあるので、細心の注意を払う必要がある。受講後は現在、私が活動拠点としているバンコクのトレーニングセンターの中の仮設物で安全装具を着けて練習した。
ズボンはポケットがジッパー式のものにし、絶対に物が落ちないようにしている。スタジアムはどこも安全に関して非常に厳しいが、正直、キャットウオークはいたって安全で、幅1メートルほどの通路から落ちる可能性はほぼない。
同じく今回、この位置からの撮影を行っている同僚のキリル・クドリャフツェフ(Kirill Kudryavtsev)いわく、高所にいるときはとにかくゆっくり動かなければならない。「何事もスローにやること、走ろうとか、急いで動こうとか考えないこと」だ。
キリルはこういった高所での取材に関して、ユニークな訓練を積んでいる。彼はいつもカザフスタンにあるロシアのバイコヌール宇宙基地(Baikonur Cosmodrome)で宇宙船「ソユーズ(Soyuz)」の取材をしているのだ。そこでタワーの上に登って遠隔カメラを設置し、ロケット打ち上げ後は再びそれを取り外しに登っているのだ。
今回、私はキャットウオークにいるときは完全に1人だ。W杯をたった1人で撮影しているというのはおかしな感じだ。地上へ下りれば、他のフォトグラファーが数十人といて、肩寄せ合いながら座ってピッチの周りを取り囲んでいるのにだ。
通常は、試合開始の約2時間前にキャットウオークでの撮影許可をもらう。たいていのスタジアムでは、ただ階段を上るだけで簡単に上へ行ける。だが、エカテリンブルクでは、はしごを登らなければならなかった。重量20キロの機材が入ったリュックサックを担ぎ、首からカメラを下げて登るのはかなりきつかった。文字通り、一歩一歩進んだ。
上に登った後は、撮影までの間の時間が何とも退屈だ。私はドライフルーツと水を持って上がっているが、近くにトイレはないから液体を飲む量にも注意が必要だ。トイレに行くのは試合が終了し、しかも下りるまで我慢しなければならない。
撮影自体は非常にタフだ。ピッチからとても遠いため、重さが約6キロある超望遠の500ミリレンズを使わなければならない。90分以上に及ぶ試合の間ずっと、それを装着したカメラを首からかけていると非常に重たくなってくる。とにかくどんな事故も起こさないよう、2本のケーブルを使ってカメラとレンズをそれぞれ手すりに取り付けてある。
通常はピッチの片側サイドにずっといて、ハーフタイムに反対側に移動するようにしている。状況が良い方のチームのベンチの真上で待ち構えることもある。選手はゴールを決めると大抵、ベンチに向かって走ってくるからだ。
上からの撮影をAFPから打診されたときには、複雑な気分がした。私が慣れているのは地上での撮影だからだ。けれど新しいことにチャレンジする機会だ、やってみようと思った。結果、非常に良い写真が撮れ、とても面白い経験となっている。
このコラムは、米ニューヨークを拠点に活動するフォトグラファー、ジュエル・サマド(Jewel Samad)氏が執筆し、2018年7月2日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。