【6月27日 AFP】もうすぐ始まる。初めての握手が最大の見せ場だ。おそらく私のキャリアにおいても。米大統領と北朝鮮の最高指導者の初めての会談。史上初。この瞬間はもう二度と来ない。きちんとやらなくては。失敗はできない。

 ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領と金正恩(キム・ジョンウン、Kim Jong-Un)朝鮮労働党委員長のシンガポールでの会談を前に、歴史的瞬間を捉えることになると、私たちの誰もが分かっていた。「私たち」とは、AFP、AP通信(Associated Press)、ロイター通信(Reuters)、ニューヨーク・タイムズ(New York Times)で構成されるホワイトハウス(White House)の代表取材グループの写真記者たちのことだ。米大統領が行くところにはどこでもついて行く。私たちはお互いを何年も知っている。世界を一緒に旅し、行動を共にして、うまくやってきた。彼らカメラマンたちはプロで、業界でも最高レベルの腕をしている。

米ホワイトハウスのウエストウイングの外で、夕暮れ時に仕事をする記者やカメラマン(2017年5月15日撮影)。(c)AFP / Saul Loeb

 米朝首脳会談では、2500人以上のジャーナリストに取材が認められた。だが、大多数はトランプ氏と金氏が実際に会う場所から何キロも離れたプレスセンターで取材をする。つまり、生で米朝首脳会談を目撃するのは非常に限られた人数に過ぎず、私たちはその中に含まれていた。

 歴史が作られる日を自分の目で目撃できるのは、約25人のメディア(写真、映像、記者)で、その人数の割合は米国と北朝鮮のメディアに等しく(ホスト国シンガポールの少数のメディアにも)割り当てられていた。すべてがこのように等しく割り当てられた。どちらかの国が主導したとの印象を与えないように。警護の人員も米国、北朝鮮、シンガポール、それぞれから同数出ていた。

 25人のメディアのうち、当日取材する写真記者はホワイトハウスの代表取材グループ、ホワイトハウスの公式カメラマン、北朝鮮のカメラマンの約12人に過ぎなかった。

 このような場合、準備が全てだ。いいポジションを確保して、リモートカメラをセットして、全てが正常に作動するかをチェックしなければならない。その日の初め、カメラ機材一式を持っている時に、歩道と間違えてうっかり池に入ってしまい焦った。カメラ機器はぬれるとうまく作動しないからだ。幸運なことに靴とズボンがびしょぬれになっただけで済んだ。

 初の握手のためリモートカメラ2台を用意し、1台は初めて握手を交わす場所の目の前に、もう1台は初会談に向かう道の途中に設置した。(後でトランプ氏は、歩きながら金氏にリモートカメラが数台置かれていた方を指さしていた。おそらくカメラがやぶの中で立てていたシャッター音について説明していたのだろう)。さらに、私はニコン(Nikon)の一眼レフカメラD5を2台持ってきていた。1台には広い範囲を撮れるように24-70ミリレンズを、もう1台には2人の指導者が並んで立った時に大幅に寄って撮れるように70-200ミリレンズを装着した。

 北朝鮮のカメラマンはいい人そうにみえたが、静かだった。第一に、誰も英語を理解しないまたは話さないように見えた。そして私たちも誰も朝鮮語を話さない。彼らは私たちに比べ非常に神経質になっていて、緊張しているように感じた(私たちも神経質になり緊張していた)。北朝鮮の歴史を考えれば、無理もない。彼らの写真撮影に圧力がかけられているのは誰でも感じ取れる。もし求められる写真が撮れなかったら、その影響は…かなり重大なものとなるのだろう。

シンガポールで、車の屋根から身を乗り出して金正恩朝鮮労働党委員長の写真や映像を撮る北朝鮮の記者たち(2018年6月12日撮影)。(c)AFP / Adek Berry

 世界中の注目を集めるこのような重要イベントでは、撮影は前半戦に過ぎない。後半戦は、素早く写真を配信することだ。私が写真を撮ったら、できるだけ素早くセルラーネットワークを通じて香港にあるAFPの地域写真部に送られるようにセッティングされている。香港では、必要な調整をし、できるだけ素早く世界中に配信できるよう、編集者が待ち構えている。セルラーネットワークがうまくつながり続け、負荷がかかりすぎないように、最悪の場合、保安当局に妨害されないように、みんなが祈っていた。

 トランプ大統領と金委員長は午前9時ちょうどに姿を見せることは分かっていた。この会談全体は細心の注意を払って時間調整されていた。初めての握手を、次に初の1対1の会談を撮影することになっている。その後、何を撮影できるかは、会談の行方にかかっていた。だが、最も重要なのは最初の握手だ。

米朝首脳会談の前夜、シンガポール市内を散策し、同国のビビアン・バラクリシュナン外相(左)と自撮りをする北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(2018年6月11日撮影)。(c)AFP / Nicholas Yeo

 これまで11年間、ホワイトハウスを担当して来た。その間、世界中で起こるとても珍しい状況や場所を写真に収めることができた。これまでに3人の米大統領、女王、ローマ法王や、大統領就任式、一般教書演説の写真を撮った。大統領が紛争地域に電撃訪問する時も何回かついて行った。ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)大統領がバグダッドを訪問し、靴を投げつけられた時もその場にいた。だが、今回は私がこれまで経験した中で、最も待たれていた出来事であることは疑いない。

 明らかにプレッシャーを感じた。初の握手を撮るためそこにいたAFPのカメラマンは、私だけだった。正しい露出を決め、焦点も合っていなければならない。だが結局のところ、2人の人物が握手をするだけの話だ。これまでに何千回も似たような写真を撮って来た(と、私たちは自分自身に言い聞かせていた)。

 その瞬間は、見事に演出されていた。完璧に見えるように入念に計画されていた。それぞれが予定されていた方向から米国と北朝鮮の旗の前に向かって歩み寄り、ちょうど真ん中で止まり、13秒という長い時間、握手をした。私たち全員が、確実に写真を撮れるようにしてくれたのだと確信している。

 私は遠くから撮り始めた。まずは24-70ミリレンズでお互いが歩み寄って来るところの全景を撮り、握手は寄って撮れるように70-200ミリレンズのカメラに切り替えた。

(c)AFP / Saul Loeb

(c)AFP / Saul Loeb

 手持ちのカメラのシャッターを切るたびに、リモートカメラもシャッターが切られた。これらカメラの写真は、香港の写真部のコンピューターに送り込まれ、そこにいる編集者が数秒で配信する。最初の写真を配信し、米国の新聞の締め切りに間に合わせるためには、この動きが極めて重要になる。米国の東海岸はすでに午後9時を過ぎていた。

 写真を撮りながら、今回の出来事全体がなんてシュールなんだとの思いを振り払うことができなかった。北朝鮮の最高指導者である金正恩という男は、その父親や祖父のように米国を滅ぼすと誓っていたではないか。北朝鮮の一般の人はその姿を見ることはめったにない。米国人は言うまでもない。それが握手をしている…米国の大統領と(その大統領は、たまたま、テレビ番組「アプレンティス(The Apprentice)」の元司会者で、世界で最も有名な人物の一人であるドナルド・トランプ氏だ)。シュールとしか言いようがない。

シンガポールで行われた米朝首脳会談の署名式で、笑顔を見せる金正恩朝鮮労働党委員長(2018年6月12日撮影)。(c)AFP / Saul Loeb
シンガポールで行われた米朝首脳会談後の記者会見で、笑顔を見せるドナルド・トランプ米大統領(2018年6月12日撮影)。(c)AFP / Saul Loeb

 大統領専用機エアフォースワン(Air Force One)で米首都ワシントンまで戻る長いフライト中、ホワイトハウスの代表取材グループはみな、今日の出来事を振り返り、言い合っていた。「実際に起こったことだとは信じられない。信じられない。本当に自分の目で目撃したのだろうか。米大統領のドナルド・トランプが金正恩と握手しただって?」。政治的主張はどうであれ、一つの言葉でしか要約できない出来事だった――「歴史的」

このコラムは米首都ワシントン在住のAFPのフォトグラファー、ソール・ローブ(Saul Loeb)が、AFPパリ本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者と共同で執筆し、2018年6月14日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

シンガポールのカペラホテルで行われた首脳会談で、初めての握手の後、ポーズを取るドナルド・トランプ米大統領(右)と金正恩朝鮮労働党委員長(2018年6月12日撮影)。(c)AFP PHOTO / SAUL LOEB