【14億分の1:中国事件簿】息子は私立小通い、自分は逮捕にビクビク… 「ダフ屋」物語(上)
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【6月17日 東方新報】劉子航(仮名)は十数年前に中国・安徽省(Anhui)から上海(Shanghai)に出てきて、「ダフ屋」稼業を始めた。以前は電車の切符を売りさばいていたが、この2年はコンサートや舞台のチケットに軸足を移した。多い時には一晩で1〜2万元(約17万〜35万円)の稼ぎになるが、列車の切符と違って払い戻しができないなど、リスクもある。
ダフ屋行為で逮捕されると5~15日間拘留されるが、それでも金の誘惑は大きく、やめられないという。
10歳になる息子は、テストの成績はトップクラス。父が何の仕事をしているのかは、一度も聞いてこない。
■貧乏から脱け出すため「ダフ屋」の世界に
私は十数年前、故郷の仲間数人と列車に揺られて上海に来た。列車代は借りて工面した。あの時は本当に貧乏で、橋の下で寝て、空腹に耐えた。無銭飲食もした。
ある日、友達の友達に、電車の切符のダフ屋をやらないかと誘われた。事前に切符を購入し、必要な客に高く売る。当時は取り締まりも厳しくなかったし、購入時の実名制も導入されていなかった。
列車だろうがコンサートだろうが、ダフ屋にはノウハウが必要で一人では始められない。私も「師匠」に付き、師匠のやり方を見て学び、独立した。
調子がいい時は、1時間で稼ぎが6000元(約10万円)になった。売り上げでなく、利益の額だ。もちろん運もある。休みの日の方が客は多いし、帰省ラッシュの年末年始が最大の稼ぎ時だ。
教養もスキルもない中卒の私にとって、ダフ屋は悪くない商売だった。だがその後、駅での取り締まりが厳しくなり、私は芸能分野の興行チケットに足場を移した。
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