【6月2日 AFP】ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は1日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン、Kim Jong Un)朝鮮労働党委員長の右腕とされる金英哲(キム・ヨンチョル、Kim Yong-Chol)党副委員長(72)をホワイトハウス(White House)に迎えて会談した。トランプ氏はプロトコル(国際間の儀礼や慣例)にはお構いなしに、同氏一流のイチかバチかの外交的ギャンブルに乗り出している。

 スパイ組織のリーダー、軍幹部、特使、党幹部などの肩書を持つ金氏は過去20年間でホワイトハウスを訪れた北朝鮮の高官では最も高位の人物。慣例に従えば、地政学的に敵対している国の高官で個人としても制裁対象になっている金氏のような人物との会談は、建物の奧で内密にひっそりと行われるところだ。しかしトランプ氏のホワイトハウスはそうしなかった。

 金氏はジョン・ケリー(John Kelly)大統領首席補佐官に迎えられ、列柱を配した通路を抜けて大統領執務室(Oval Office)へと向かった。国家元首でもないのにこのような迎えられ方をするのはまれなことだ。残虐な政権で知られる国からの訪問者ということを考えればさらにまれだと言える。

 ホワイトハウスの関係者らは、トランプ大統領との会談は仮に実現したとしても、社交辞令を交わし、金正恩氏からの親書を手渡すだけの短時間のものになるだろうと考えていた。しかし会談は90分近くも続き、会談を終えたトランプ氏は「われわれはほぼすべて話し合った。たくさん話した」と述べた。

 トランプ氏の側近によれば、北朝鮮の体制変革を示唆して北朝鮮当局を怒らせたタカ派のジョン・ボルトン(John Bolton)大統領補佐官は金氏の到着時カメラから離れたところにとどまり、大統領執務室での会談にも同席しなかったという。

 あるホワイトハウス当局者は、ボルトン氏が会談に同席しなかったことを深読みし過ぎてはいけないとくぎを刺したが、それでも北朝鮮が「トランプ氏は友好的に振る舞いたいと考えている」というメッセージとして受け取ったのは間違いないだろう。トランプ氏は、会談で人権問題を持ち出さなかったことさえ認めた。

 会談を終えて執務室を出たトランプ氏は、笑顔を見せつつ金英哲氏と並んで立ち、金氏がホワイトハウスを後にする時には手を振って見送った。しかし金氏の胸、心臓のすぐ前には、小さいながらもトランプ氏が取り組んでいる課題の大きさをいやが上にも思わせるものがあった。

 故金日成(キム・イルソン、Kim Il-Sung)国家主席と息子の故金正日(キム・ジョンイル、Kim Jong-Il)総書記の肖像をあしらった、赤い旗の形をしたバッジだ。いずれも北朝鮮のかつての指導者で、現在の北朝鮮の指導者である金正恩氏の祖父と父であり、北朝鮮の核開発を開始した人物と核兵器の放棄を拒否した人物である。

 トランプ氏は、自分が取引を成立させて金正恩氏が「金王朝」が続けてきた数十年来の伝統を捨て去る、という可能性に賭けている。金英哲氏との会談で示されたのは、トランプ氏はその勝負に米国の名声を賭する用意があるということだ。(c)AFP/Andrew BEATTY