テクノロジーとともに拓く未来/ITで超えたのは、「学び」のバリア ––脊髄性筋萎縮症の東大生、愼さんの場合
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【5月18日 AFP-Services PR】テクノロジーは、未来を切り開くためのツールである。そしてそのツールは、手を伸ばせば届く距離にある。テクノロジーを使って、未来を描き始めよう──。
テクノロジーは、人間の生活を便利にするだけではない。それまで出来なかったことが、テクノロジーを活用することによって可能になる。
東京大学で西洋哲学を学ぶ愼允翼(しん・ゆに)さん(21歳)流に表現すると、「テクノロジーは人を主体的にさせて、物理的なバリアを越えさせるもの」だ。
愼さんは、脊髄性筋萎縮症(SMA)により、全身の筋力が弱いという障害がある。常に介助が必要な状態だが、息子が1人でできることをと考えた両親は、愼さんが3歳の時にパソコンを与えた。
教育委員会からは特別支援学校への進学を勧められたが、両親の強い働きかけなどで義務教育の頃から通常学級で学んできた。
■ITを駆使して勉強
2016年、東大に合格。あれから2年が経ち、3年生になった愼さんはこの春から本郷キャンパスの近くで、一人暮らしを始めている。
東大に合格するまでには、一浪して予備校生活も経験した。ヘルパーさんや大学側のサポートも受けながら、電動ストレッチャーを利用して学生生活を送る。
愼さんは小中学生の頃から、わずかに動く右手でマウスを動かし、WordやデジタルノートアプリOneNoteを駆使して勉強している。大学受験に際しては、大学入試センターに受験上の配慮を求める書類を提出して、一般受験生と別室での受験、試験時間の延長に加え、愼さんが口頭で解答して代筆者が解答用紙に解答を記入すること、代筆での解答が難しいグラフを書くことなどはパソコンで解答すること、解答を提出するにあたっての計算などをパソコンで行うことなどが認められた。
マイクロソフトと愼さんの出会いは2013年。通常のキーボードを使用することが難しい人でもマウスで文字を入力できる画面上のキーボードや、視線でマウスカーソルを動かす視線制御機能などの技術を提供し、大学受験をはさみ愼さんの学びを支えている。
テクノロジーを活用した学習支援は、身体障害を伴う場合だけではなく、ディスレクシア(読字障害)などの学習障害を含む発達障害に対しても有効だ。
ディスレクシアとは、空間認識力などが通常と違っているために文字を認識する上で困難を伴う。教科書で使用される字体は、毛筆の「とめ・はね」を忠実に再現した楷書体を基にしているが、一部が細くなるなど強弱がつけられているためにディスレクシアの人に見えづらいことも多い。
字体が鋭く見えてしまい、「刺さりそうで怖い」と感じる子どももいるという。一方、ゴシック体などは、文字の形がデフォルメされているため、学習指導要領で求められている日本語の文字を示しているとは限らない。
こうした課題に対応するため、2017年10月のWindowsの大型アップデートには、ユニバーサル・デザインのフォントとして株式会社モリサワが開発した「UDデジタル教科書体」が標準装備されている。学習指導要領に準拠した文字でありながら、通常の教科書体のように文字の強弱が強調されておらず、ディスレクシアの人でも文字を認識しやすいデザインだ。
■さまざまな学習支援機能と、受験での配慮
視線制御機能やUDデジタル教科書体の採用はいずれも、マイクロソフトが障害のある人の支援を行う中で、利用者の声から生まれたものだ。担当者の1人、日本マイクロソフトの大島友子さんは、プログラマーとして活躍する全盲の同僚に出会った時、「ITがこんなにも人の役に立っているのか」と認識し、勇気付けられたという。以来10年にわたり、同社のアクセシビリティ担当として利用者の声を開発現場に届けている。
大島さんが関わってきたこの10年は、さまざまな障害を持つ生徒が大学受験などに際してパソコンの使用や試験時間の延長など、状況に応じた配慮が少しずつ認められるようになってきた時期と重なる。受験でのパソコンの使用は、普段の学習から使用している実績やそれによって得られる成果と、試験科目が考査しようとしているポイントに対してパソコンによる補助が合理的かどうかといったことで、合意形成がなされている。
受験に際し、障害に応じた配慮が認められるようになってきたものの、課題はまだある。例えば、パソコンによる読み上げ機能の使用は認められた例がほとんどない。そのため代読者が配置されるが、文章を読む際に大事な部分をゆっくり、あるいは繰り返し読みたいなど、受験者本人の希望に対応するうえで人間による代読では限界があるのは明らかだ。
読み上げ機能の使用が認められない原因の一つとして、試験問題をデジタル化しなければならない点が挙げられる。しかしこの場合も、OCRなどを使えば文書を電子化できる。「そのための技術、情報提供も積極的に行って、障害があってもなくても、同等に受験でき、評価されることを支援していきたい」と大島さんは語る。
「人間とは、超えられるべきところの何者かである」。愼さんが好きな哲学者ニーチェの言葉の中でも、特に好きなのだという。障害による制限について考える時、愼さんを導いている言葉だ。
テクノロジーの目覚ましい発展はまた、AIの登場に象徴されるように、倫理的課題も生じてくる可能性もある。テクノロジーが進む先に、何があるのだろうか。
愼さんは、「テクノロジーの哲学的なフレームワークを考える必要がある」と考えている。夢は、大学院に進学して、いずれは机上だけでなく実生活で役に立つ哲学を広めていくことだ。愼さんが紡ぎだしていく言葉や哲学が、倫理的課題に向き合って行く上での手がかりになるかもしれないのだ。
こうした「頭脳」の傍らに寄り添っているのもまた、テクノロジーである。(c)AFP-Services PR
※この記事はMicrosoftの提供でお送りしています