【AFP記者コラム】カオスの中の美
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【5月2日 AFP】「水ヘビがいませんように」。川底の泥に足が沈むのを感じながら、そう思った。頭の上に載せた重さ6キロ分のカメラ機材を片手で押さえながら、もう片方の手でバランスを取り、川の水に胸まで漬かった私が思い付くことといえば、ヘビのことだけだった。
こんなに遠くまで来たのだ。それに美しい朝の光のうちに撮影できるよう、皆を早朝からたたき起こしてしまっていた。そのキャンプをぜひとも撮影したかった。他の選択肢はない。そう思いながら水の中を進んだ。
ナイル(Nile)の支流を渡って、私は南スーダンにいた。とてつもなく大きな本流に比べると、小さく、ほとんどよどんだ支流だった。目的地はこの国最大の民族、牧畜民ディンカが乾季に営む牛の放牧キャンプだった。
11月~5月の乾季になると牛たちがたっぷり餌にありつけるよう、ナイル川の近く、あるいは湿地帯へ移動するのは、放牧民たちにとって数世紀もさかのぼる伝統だ。
牛は南スーダンの文化の中心を占める存在だ。堂々とした角を持つ巨体は地位と富の象徴であり、花嫁の持参金を払うため、あるいは物品の取引に使われている。人々はどんな財産よりも牛に価値を置いている。
1年の中でも特別なこの乾季の伝統をどうしても撮影したかった。この期間、人々は一緒になって寝泊まりし、草を食べさせることができる場所がなくなると、キャンプを移動させる。
南スーダン中の放牧民に協力している国連(UN)食糧農業機関(FAO)が、彼らの旅に同行することを許可してくれた。
東部ジョングレイ(Jonglei)州の州都ボル(Bor)まで飛行機で移動し、そこからヘリコプターでミンカマン(Mingkaman)へ。さらに車に乗り換えて未舗装の道を進み、川を渡ってここへ着いた。
そして、この地で3日間を過ごすことになった。夜は近くの町へ寝に帰り、フォトグラファーにとって宝とも言える柔らかい朝の光で撮影できる時間帯にキャンプへ戻った。
放牧キャンプは丸く円を描いていて、遠くから見ると周囲に溶け込んでしまっているようだった。最初は巨大な白い牛たちしか目に入らなかった。
キャンプでは日課が変わることはほとんどない。毎日はまるで儀式のようだった。早朝、夜明けの光とともに起き出し、夜はたき火をおこし、やがてそれが消える。私たちが到着したときも、霧とたき火の残り火から立つ煙、朝一番の一筋の光が混じり合っていた。たき火から取り出された灰は、牛の体と人々の顔に擦り込まれる。これは蚊よけのためだ。次が牛の乳搾り。大抵は女性か子どもの仕事だ。それが終わると、気温が上がる前に男たちが牛を放牧に連れ出す。気温は上がると45度にも達する。
牛が出掛けてしまった後のキャンプはまるで空っぽだ。子どもたちは地面に落ちた牛のふんを集めるのに忙しい。これは夜、たき火の燃料に使う。女たちは料理、掃除、赤ん坊の世話にいそしむ。
キャンプから我々が宿泊していた町までは1時間ほどかかったので、暗くなる前にキャンプを離れるようにしていた。男たちは午後遅くに帰ってきて家族と食事をする。夜、日中の暑さがひくと彼らは太鼓をたたいて歌ったり、ゲームをしたり、話をしたりして過ごす。
全員が床に就く前には、夜の間に蚊やハエが寄りつかないよう、たき火をおこす。人々は眠るために牛の間に挟まれるようにして横になる。外のこともあれば、わらでできた簡素な小屋の中のこともある。我々は翌朝また戻って来るために、そっとその場を離れる。
ある晩、銃声がしばらく鳴り響くのを聞き、それが近づいてこないか、私は何時間か起きたままでいた。町の市場で盗みを働こうとした盗賊が警察に追われていたのだと後で分かった。放牧キャンプでも安全は大問題だ。牛は価値が高いため強奪はよくあることで、時に死人も出る。だからキャンプにいる男たちの多くは武器を持っている。
このキャンプへの訪問はちょっとした別世界へ足を踏み入れたようだった。ここを撮影したいと思った理由の一つには、2011年に独立を獲得した後、2年に及ぶ紛争にさいなまれた世界で最も若い国の違った一面を示したかったというのがある。
ここにいる人々の多くが計り知れない苦境をくぐり抜け、恐ろしい虐殺や破壊を目にしている。しかし、見せるべき美しいものもここにはあるのだ。
南スーダンの経済は崩壊し、通貨は価値を失っている。これまでに交わされた和平合意はどれ一つ守られていない。それでも南スーダン人は誇りを持って自分たちの文化を実践しており、放牧キャンプは単にその「カオスの中の美」の表れの一つなのだ。
このコラムは南スーダンを拠点に活動するフォトグラファー、ステファニー・グリンスキ(Stefanie Glinski)氏が、AFPパリ本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者と共同で執筆し、2018年4月5日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。