【10月22日 AFP】口ひげをうっすらとたくわえたフィリピン人歌手のジェイク・ザイラス(Jake Zyrus、25)は力強いテノールの声で、以前の自分――10代で世界の音楽界を沸かせたシャリース・ペンペンコ(Charice Pempengco)――とは別人だと自信に満ちた表情で語る。

 米人気ミュージカルドラマ「グリー(Glee)」でその見事な歌声を披露し、カナダの国民的歌手セリーヌ・ディオン(Celine Dion)やイタリア人テノール歌手、アンドレア・ボチェッリ(Andrea Bocelli)とも共演したシャリース・ペンペンコは、カトリック教徒が多数派を占めるフィリピンの誇りだった。

 そして今年6月、自身がトランスジェンダーであることを公表した。

 ザイラスは、シャリースとして成功したことの違和感をぬぐい切れず、自らのアイデンティティーを公表するに至ったと明かした。保守的なフィリピン社会において、このような勇気を必要とする決断をあえてしたというのだ。

 公表後初の公演を間近に控えたタイミングでAFPの取材に応じたザイラスは、「壁があるような感じだった。言いたいこと、表現したいことを伝えることが出来なかった。本当の自分を見せることができなかった」と話した。

「若者の多くは、シャリースが達成したこと(やその地位)のためなら何でもすると思う。私もシャリースとして成し遂げたことには満足していた。でも自分自身には満足できなかった。今はとても心が軽くなった」

 同性婚や離婚が認められていないフィリピンで、ドレスを着たお下げ髪の少女から男性への「旅」は、長くつらいものだったとザイラスは認める。

 動画投稿サイト「ユーチューブ(YouTube)」でシャリースは注目を集めた。それをきっかけに貧困から抜け出すと、米トーク番組「エレン・デジェネレス・ショー(The Ellen DeGeneres Show)」や「オプラ・ウィンフリー・ショー(Oprah Winfrey Show)」への出演を果たし、さらにはバラク・オバマ(Barack Obama)前米大統領就任式のガラ、アカデミー賞(Academy Awards)関連パーティーなどでその歌声を披露してきた。

 2013年に初めて同性愛者であると公表したが、今ではその発表を「嘘」だと語る。

「あれで十分だと思った。フィリピン人にとって性的少数者とは、レズビアンがゲイのこと。本当の私について説明してしまったら、みんなが理解できないのではないかと不安だった」