【8月16日 AFPBB News】長い廊下を尾を振りながら駆け寄ってくる犬、指定席とばかりにソファでまどろむ猫。新聞やテレビの視聴を中断しては、甘えてくる動物たちを抱き寄せ目を細めるお年寄りたち。2012年に開所した神奈川県横須賀市の「さくらの里山科(Sakura Village Yamashina)」は、ペットと共に入所できる全国でも珍しい特別養護老人ホームだ。緑豊かな海辺の街の郊外で、入居者たちは自宅と同じようにペットと心を通わせ暮らしている。

 定員120人の同ホームでは、4階建ての建物の2階部分をペットと暮らすことを希望した入居者に当てている。犬と猫でエリアが分かれており、現在は犬8匹、猫9匹が居住。ペットたちは自由に居間や食堂などの共用スペースや、入居者の個室を出入りできるようになっている。

 施設長の若山三千彦(Michihiko Wakayama)さん(52)は、「福祉施設として高齢者の生活の質を高めたい。ペットも福祉の一環、今まで動物と暮らしていた方にとってペットは生きる気力」と話す。同ホームでは、旅行などの外出行事にも力を入れるなど、入居者の「今までの生活」にならった運営を心掛けている。

神奈川県横須賀市の特養ホーム「さくらの里山科」では、入居者と犬たちが共用スペースを自由に行き来する(2017年7月27日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■ペットの行く末に対する安堵

 実際、ペットを飼う高齢者世帯では、介護や治療が必要な状態にもかかわらず、ペットが心配で入院や入所を拒み、結果として生活が立ち行かなくなる事例が後を絶たない。同ホームにも、「共倒れ寸前」の切迫した状況で入ってきた人も少なくない。愛猫の祐介(Yusuke)と入居する澤田富與子(Fuyoko Sawada)さん(74)も、「(施設入所は)猫と離されてしまうので絶対いやだった」と思っていた一人。横須賀市内で生まれ育った澤田さんでも、唯一の身内の姪と民生委員からホームを紹介されるまでペットと入居できる施設があることを知らなかった。現在の暮らしを「人生の余禄、至福の時」と語り、「このような施設がこれからもっと増えてほしい」

 飼い主が亡くなっても、残されたペットは引き続きホーム内で飼育される。たとえ入居者が存命でも、要介護3以上の高齢者らが入所する特養ホームでは、犬を自力で散歩に連れ出せる入居者はいない。代わりに、スタッフやボランティアが、犬たちを散歩に連れ出し、併設のドッグランスペースで遊ばせる。飼い主に先立たれた猫もいるが、今も他の入居者たちにかわいがられ、遺族がえさをやりに訪れる。

神奈川県横須賀市の特養ホーム「さくらの里山科」で愛猫の祐介をなでる澤田富與子さん(2017年7月27日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■保護動物を迎えて

 2013年以降殺処分ゼロを達成している神奈川県動物保護センター(Kanagawa Prefectural Animal Protection Center)によると、ボランティア団体の協力や啓蒙(けいもう)活動で年々持ち込まれる犬猫の数は減少しているものの、昨年度は飼い主が病気、高齢、死亡が理由で引きとった犬猫が全体の7割にのぼるという。同ホームの17匹も、飼い主が連れて来たペットは実は半数にすぎない。残りは、福島県の原発避難区域や千葉県など県外で保護されたり、市内の高齢者家庭に取り残されていたところをホームのペットとして迎え入れたりした犬猫たちだ。

「何十年も動物といっしょに暮してきたのに、高齢になり新たにペットを飼うこと諦めた人が多い。もう一度いっしょに暮らせる場があると伝えたかった」と若山さん。以前は犬3匹を飼っていた入居暦3年の長滝ミヨ子(Miyoko Nagataki)さん(84)は、保護犬のチワワのルイをなでながら「この子はなついてくれてかわいい。特別なことはなくても毎日楽しいし、犬から元気をもらっている」と顔をほころばせる。

神奈川県横須賀市の特養ホーム「さくらの里山科」に暮らす入居者の長滝ミヨ子さん、保護犬ルイがお気に入り(2017年7月27日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■「諦めない福祉」の実践

 自身も愛犬家の若山さんの胸には「動物が暮らしやすい社会は人にとってもいいはず」という思いはあるものの、動物愛護への貢献やアニマルセラピー効果は、目標ではなく結果の一つでしかない。様々な来歴のある入居者たちが、型にはまった生活ではなく、それぞれの趣味や個性に合わせ、より良い晩年を送れるように支援することが同ホームの目的だ。「介護が必要だからといって、最期まで人生を諦めてほしくない。それが願い」(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

神奈川県横須賀市の特養ホーム「さくらの里山科」で、入居者を見守るように座るダックスフント(2017年7月27日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi