【6月30日 AFP】米国の「ルート66(Route 66)」は何十年もの間、世界中の旅人たちの想像をかき立ててきた。人々が冒険とより良い暮らしを求めて旅に出た米国史の過ぎ去った時代が、この道路から垣間見える。

 1926年に建設された2車線の国道を、作家ジョン・スタインベック(John Steinbeck)は「マザー・ロード」と名付けた。イリノイ(Illinois)州シカゴ(Chicago)からカリフォルニア(California)州サンタモニカ(Santa Monica)まで8つの州を横断する道路には、米国のエッセンスが詰め込まれているようだ。

 だが1980年代、より広く、より速く走れる幹線道路に押され、ルート66は廃線となった。道路沿いにあった家族経営の小さな店や、大衆向けのモーテルや軽食レストラン、ガソリンスタンドなども次第に閉店し、ルート66は歴史のごみ箱行きの運命をたどるかのように見えた。

 NPO「アメリカ歴史街道ルート66連盟(National Historic Route 66 Federation)」の創設者で常任理事のデビッド・クヌードソン(David Knudson)氏は「街ごとたたまれてしまい、2400マイル(4000キロ)にわたって続いていたかつてのカーニバルは、2400マイルのゴーストタウンになってしまった」と説明した。

 だが近年、この象徴的な国道は多数の書物、映画、有名なルート66の曲、テレビシリーズなどで人々のノスタルジーをかきたて復活し、世界中の観光客を引き付けている。