【AFP記者コラム】ベネズエラ反政府デモ、終わりの見えない騒乱
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【6月23日 AFP】夜明けに目覚まし時計が鳴り、疲れが残っている私は何とか目を開ける。だがアドレナリンが出始めるまでにさほど時間はかからない。携帯電話に手を伸ばして、メール、ツイッター(Twitter)、メッセージアプリのワッツアップ(WhatsApp)をチェック。この日の行方を暗示する兆候はないか? 前夜略奪は起きていないか? また死者が出ているのではないか? 街頭で動きがあるのはどこか?
騒ぎは常にあるのに、実際には何も起きない国、ベネズエラへようこそ。この国では現在、ニコラス・マドゥロ(Nicolas Maduro)大統領に対する退陣要求が強まり、暴力によって1日平均1人の命が失われている。
私を含めAFP取材班は40日以上働きづめで、放心状態が続いている。この状況がどんな形で、いつ終わりを迎えるのか見当も付かないまま──。
この抗議行動の取材を続けている首都カラカス(Caracas)のAFP支局は、国際社会からの注目の高まりもあり、尋常でないペースで働いている。1日の睡眠時間が数時間しか取れないだけでなく、デモ隊と治安部隊の衝突(時に戦闘に発展)を目撃することになり、常時危険と背中合わせだ。
携帯のチェックが済んだら、簡単にシャワーを浴びてコーヒー(これからたくさん飲むうちの最初の1杯)を飲み、支局へ向かう。同僚の記者、写真と動画のカメラマンが皆、市内のあちこちで同じことをしている。何か進展があれば、米首都ワシントン(Washington D.C.)のデスクがメインの記事を更新しているはずだ。立て続けの電話とぎりぎりの調整が終わると、防弾ベストとヘルメット、ガスマスクを着用する。コーヒーをもう1杯、さらに1杯、また1杯…それから街頭へ飛び出す。
■炎の塊が目の前に
強い日差しの下、連日のデモもほぼ例外なくますますヒートアップする。われわれはある通りから別の通りへ、ある地区から別の地区へ、ジャーナリストの要求に慣れているドライバーが運転するバイクに乗って移動する。これほど迅速かつ効率良く動ける手段はない。
耐え難い暑さになることが多く、われわれはいつも喉が渇いていておなかもすいているが、立ち止まっている暇はない。ほぼ毎日正午前後になると、状況は複雑になり始める。デモ隊が首都の旧市街へ向かい、治安部隊が一行を阻止しようと立ちはだかる時間帯だ。
午後になると、カラカスの空模様は一変する。催涙ガスの大きな雲が街の方々で広がり、石と火炎瓶の雨が降る。そのような戦闘の真っただ中、つまりクライアントに過去40日間絶え間なく提供してきたような見応えのある写真を撮るためには、取材班が必ずや身を置かなければならない場所に入り込んでしまうと、考える時間などほとんどない。過去の経験から学んできたこと、または直感が示すことを実行に移すまでだ。
苦労は報われている。われわれ取材班はデモの迫力が伝わる写真を撮影し、世界中で掲載された。あなたも幾つかご覧になったはずだ。これは軍の車両の前に、たった一人で立ちふさがる女性。
催涙ガスが広がる中、裸で治安部隊の方へ向かって歩く男性。
軍の車両にひかれた若い男性。
炎に包まれたデモ参加者。
適切な場所、適切な時間に居合わせることがすべてだ。炎に包まれたデモ参加者の、目を疑うような一連の写真を撮ったロナルド・シュミット(Ronaldo Schemidt)カメラマンはこう話している。
「強烈な熱を感じて振り返ると、炎の塊が私の方に向かって来るのが見えた。何なのか分からなかった。ただ後を追って連写した。それから叫び声が聞こえ、何が起きていたのか理解した。10秒間の出来事だった」
催涙ガスと飛び交う物体をよけつつ走らなければならないことも多い。動画担当者は走りながらの撮影を余儀なくされる。「われわれも大したものだ」と、レオ・ラミレス(Leo Ramirez)カメラマンは笑う。「1人が走って、もう1人が撮影し続けるんだから」。ラミレス・カメラマンはヘスース・オラルテ(Jesus Olarte)カメラマンと共に、激しい衝突が起きているデモの現場から5時間にわたって生中継したこともある。
■頭上で爆発音
着用している防弾ベストは、時間の経過につれてますます重くなる気がする。10時間連続で着ていることもある。取材者は双方から標的にされやすい。フアン・バレト(Juan Barreto)カメラマンは、「両側から投石され、催涙ガスを受けた」と話している。
一日の終わりに支局に戻ると、体中汗と催涙ガスの悪臭にまみれている。シュミット・カメラマンは、催涙ガスに含まれる物質にアレルギーがあることも分かった。仕事はより困難になる。
時がたつにつれ、衝突にはますます悪意が渦巻いてくる。治安部隊はデモ隊に向かって、「こっちには、午後中吹きかけてやれるだけのガスがあるんだぞ!」「膝を狙え!」と拡声器で叫ぶ。対するフードをかぶった若者らは、さらに激しい投石と侮辱の言葉で応戦する。日を追うごとに恐怖心も薄れているようだ。
それでもまだ危険が足りないとでもいうかのように、通りをうろつく武装集団の存在が状況をさらに不穏にする。デモ隊によると、同集団は当局のために働いているという。これに対し政府は、反政府勢力が雇った民兵だとしている。いずれにせよ、一行は昼夜を問わずバイクを路上で乗り回し、デモがバリケードの炎上や銃撃、略奪へと発展していくにつれ、集団もますます危険さを増す。
フェデリコ・パラ(Federico Parra)カメラマンは、カラカス東部で武装集団とデモ隊の銃撃戦に巻き込まれた際、その衝突の最前線に陣取っていた。一時は公衆電話の裏に避難し、あまりに危険で撮影もままならなくなった。「頭の近くでバンという音が聞こえたかと思うと、直径約30センチの穴が開いていた」という。今回は銃弾をよけることができたが、「危うく当たるところだった」と振り返っている。
これに輪を掛けるのが、周囲に機材を狙って盗みを働く者がいないか気を付ける必要があるという点だ。アレックス・バスケス(Alex Vasquez)記者がある日、野党指導者エンリケ・カプリレス(Henrique Capriles)氏の発言を録音するため携帯電話を出そうとポケットに手を伸ばしたところ、電話はなくなっていた。
■フェイクニュースの数々
政府が外国メディアに対し深い疑念を抱いているこの国で抗議行動を取材していると、疲労と危険は体にのしかかってくるものだけにとどまらない。
ベネズエラのように二極化した国では、報道のバランスを取ることは最大の課題の一つになる。政府も反体制派も、ある出来事に関するそれぞれの捉え方を主張しようと、主にソーシャルメディア上でプロパガンダ合戦を展開している。
この国で広く利用されているソーシャルメディアであるツイッターには、ありとあらゆるうわさが飛び交っており、冷静な見極めが途方もない難題となっている。これほど格好の自制訓練はない。
「マドゥロ(大統領)が亡命」「(収監されている野党指導者)レオポルド・ロペス(Leopoldo Lopez)が死亡」、「30の組織が路上で死亡」といった記事を目にすると血圧が急上昇し(もし事実だったら大ごとだ)、ストレスが増える。極端な「フェイク(偽)ニュース」を読んでみたいですか? ぜひベネズエラにお越しください。
アレクサンデル・マルチネス(Alexander Martinez)記者や私は、この戦いのもやをかいくぐり、平易な言葉で偏向のないようにこの危機を説明し、この国の立ち位置を探ろうと努めている。周囲で勃発する出来事を解釈しようと、全力を尽くしている。だが一部の人が信じているのとは違って、われわれは何もかもを見通す水晶玉を持っているわけではない。
■異常の中の異常
われわれはこのようにして、やむことのない嵐の中を日々やり過ごし、写真や記事を次から次へと配信し続けている。第一報を送るごとに、私の机の上の2台の電話が決まったように鳴る。コンピューターのチャット音も鳴る。1台のテレビにはマドゥロ大統領が映り、インターネット放送では国会中継が流れ、3つ目の画面にはカプリレス氏が映っている。
食事、家族、いかなる私生活に充てる時間も皆無に等しい。異常の中のさらなる異常事態だ。
安全上の理由から、支局を早く出るに越したことはないとは分かっているが、退出時には既に日が落ちて、武装集団がもうバイクでうろついている。事実上の夜間外出禁止令が出て、犯罪行為に及ぶには完璧という状況だった以前に比べても、夜の街にいよいよ人影はない。
深刻な食料不足に陥っているこの国では、スーパーマーケットに行くことさえ骨が折れ、時間が掛かる。今ではその時間でさえ供給不足だ。
こういったことすべてが徐々に積み重なってくる。ジャーナリストのエステバン・ロハス(Esteban Rojas)氏もこう言っている。「私は時折時間を取り、落ち着いて考えなければならない。あまりに多くのことが起きているとはいえ、そのせいで取材に悪影響が出てはいけない」
1~2日ごとの終わりに、事務所に催涙ガスの臭いがかすかに漂う中、数杯のビールを飲むことにはどれほど素晴らしいリラックス効果があることか。たとえほんの少しだったとしても。というのも、その日がそれで終わるという保証はどこにもないからだ。マドゥロ大統領は予告なく、夜演説することが多い。それはちょうどわれわれが家に帰ろうとしている時、あるいはさあ夕食だという時に始まる。
日がな鳴りやまないワッツアップの通知音は、真夜中まで続く。14~16時間労働という日が当たり前になってくる。何度目かさえも分からない記事の更新がやっと済んだかと思うと、もう翌日について書き始める時間になっている、ということもままある。
夜、疲れ切って倒れ込むように眠りに就く時、それはわずかな小休止にしかならないことを知っている。こんな生活をもうかれこれ続けてきたが、今のところこの危機の終わりはまだ見えない。(c)AFP/Maria Isabel Sanchez
このコラムは、AFPカラカス支局のマリア・イサベル・サンチェス(Maria Isabel Sanchez)支局長が執筆し、2017年5月12日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。