【AFP記者コラム】米メキシコ国境、壁は既に存在していた(パート2)─メキシコ側
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【3月29日 AFP】米国とメキシコで、両国国境沿いに壁を建設するというドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領の計画をめぐり激論が交わされる中、AFP写真班はこの問題をより詳しく取材しようと考えた。まずこの国境はどのような様子なのか? そこに住み働く人々の思いは?
そこで同班は10日間かけて、この国境沿いの約2800キロを車で走った。米首都ワシントン(Washington D.C.)支局のジム・ワトソン(Jim Watson)カメラマンは米国側を、カリフォルニア(California)州からテキサス(Texas)州まで。メキシコ・ティフアナ(Tijuana)支局のギエルモ・アリアス(Guillermo Arias)カメラマンはメキシコ側を、バハカリフォルニア(Baja California)州からタマウリパス(Tamaulipas)州まで走った。アリアス・カメラマンには、メキシコ首都メキシコ市(Mexico City)支局のユリ・コルテス(Yuri Cortez)カメラマンが途中から加わった。
<パート2>メキシコ側:死の境界を静かに行く
コルテス:この企画に取り組むに当たって最初に話し合った時、私はメキシコ側を端から端まで自分で運転するつもりだった。だがすぐに、それはあまり良い考えではないと認識した。国境のメキシコ側の治安状況があまりに悪いため、土地勘のある人が必要になる。それでギエルモに同行を頼もうと決めた。彼は長年国境沿いに暮らしながら働いているため、土地勘と人脈の両方を持ち合わせている。しかもカメラマンとしても優秀だ。私は旅程の後半で合流することにした。
アリアス:私は14年間国境に住み仕事をしてきて、ちょうどこの問題について本を書き上げようとしているところだ。だから国境周辺のほとんどを知っているし、大半の場所に行ったことがある。
メキシコ側で仕事をする際の最大の課題はもちろん治安だ。麻薬カルテルが一帯の大部分を支配しており、縄張り同士の抗争が激化しているところもある。彼らは至る所に目と耳を持っている。誰かが写真を撮っているのを見たら、非常に神経質になる。よって行動には慎重を要する。
コルテス:初めて訪れた場所では、地元住民に会うことがとても大事だ。通りや公園で、訪問地の状況を尋ねてみる。身の安全を確保するには非常に重要だ。現在国境沿いで最も危険な場所の一つであるヌエボラレド(Nuevo Laredo)で1人の男性に話し掛けてみると、彼はこう教えてくれた。「今はとても静かだから日中は大丈夫だ。だが夜はとても危険で、町はゴーストタウンのようだ」
米国との国境は、移民にとってはまるで死の境界だ。まず地理的に、国境の大半が砂漠で、渡るのはかなり難しい。それからメキシコ側には麻薬カルテルによる犯罪があり、不法移民は非常に危険な目に遭いやすい。そして米国側には国境警備隊の存在がある。
一帯を支配するのは麻薬密輸業者らで、「タカ」と呼ばれる麻薬スパイらが地元で起こる動きを逐一報告する。誰がどこへ行き、誰が誰に会って話したか。
エルサルバドル出身の私は国境付近に来るといつも、中米からの移民がこの地点までたどり着くのはいかにも困難だろうと思う。自分なら飛行機に乗って数時間で来られる。彼らは正規の身分証明書を持たずにメキシコを縦断せねばならず、腐敗した役人や軽犯罪者、もちろん麻薬組織にもおびえることになる。
私がメキシコのシウダフアレス(Ciudad Juarez)から米国のエルパソ(El Paso)へ行った時は、入国管理局員にこう言われた。「何と珍しい、エルサルバドル人がちゃんとビザを取って入国してくるとは」
アリアス:ある場所を訪れるといつも、地元の人々に話し掛ける。自分がここに来て何をしているのかを知ってもらうためだ。誤ったメッセージを伝えないことが非常に大事だ。もしそんなことをしたら彼らは手をこまぬいてはいない、殺されることだってあり得る。信用を勝ち取って邪魔されずに仕事できるようになるまでには、大抵数日かかる。
だがこの取材に限っては、ぜいたくを言う時間はなかった。本当に駆け足で、国境の向こう側を走るジムを追っていたので、撮影時間が数時間取れれば良い方という場所もあった。正直に言うと、その点をとても心配していた。幸い大きな問題に出くわさずに済んだ。
とはいえ旅の途中の米アリゾナ(Arizona)州ノガレス(Nogales)で、私はジャーナリストになって一番怖い部類の経験をした。
私は夕方遅く、まさに国境上のインターナショナルストリート(International Street)で写真を撮っていた。壁に何枚か絵がかかっていて、面白いかもしれないと思った。そこは2012年、国境警備隊が16歳の少年を射殺した辺りだった。数か月前には、地元テレビ局が同域での麻薬密輸の映像を放映していた。そのせいで、周辺域を牛耳っている者らの間に「メディア嫌い」のムードが広がっていたのだと思う。
自分が把握していない多くのことが、裏で起こっている場合が非常に多い。だからこそ慎重に行動する必要があり、あらかじめ情報網と信頼を確保しておくことが肝要だ。
撮影していると、スモークガラスの青い大型トラックが、そう遠くない場所で止まった。私はタイヤがキーッという音を立てるのを聞いた。ただ止まっただけだった。スモークガラスのせいで車内は見えなかった。誰も出てこなかった。私は最後の1枚を撮り終えると、自分の車までゆっくり歩き始めた。私が動くと、トラックは私の後に続いた。私が別の写真を撮るために止まると、トラックは走り去った。
それから私は別の車に気が付いた。スモークガラスの多目的スポーツ車(SUV)がライトをつけたまま、近くの角で止まった。もう1枚写真を撮ってから、そろそろホテルに戻ろうと決めた。私は時速10キロほどのごく低速で車を走らせた。SUVは後をついてきた。
私がそこまでゆっくり運転した理由は二つある。第一に、もしその車に乗っているのが普通の人なら、いらいらして私を追い越すはずだと思ったからだ。時速10キロで走る私の後を15ブロック追走してきたら、つけられているのは間違いない。第二に、このような状況では逃げないことが非常に重要だからだ。逃げ出した途端、餌食になる。
最終的に車は去った。私は解放されたのだ。だがそれはかなり明白なメッセージだった──「われわれはお前をつけている、見張っている」
同様の経験をしたことはあったがもうずっと前のことで、正直私は震え上がった。大抵の場合、警告には誰かが送り込まれてくる。応対すべき相手が目の前にいるという点で、その方がはるかに楽だ。自分が何をしているか説明し、問題を避けるためにやってはいけないことを尋ねることができる。今回は違った。これは本当に怖かった。
その後私は地元の記者と話し合い、移動は主に米国側で行い、取材用の写真を撮影する時だけ国境を越えてメキシコ側に入ることに決めた。ノガレスで越境し、アリゾナ州ダグラス(Douglas)に向かって走り始めた時、怒りの感情が私を捉えたのを覚えている。
私はメキシコより米国側で安全を感じたことに腹が立って仕方なかった。信じられないほどの憤りを覚えると同時に、悲しくもあった。どうしてそんなことがあり得よう、と私は思った。メキシコは偉大な国で、国民も素晴らしい。だがわれわれはとらわれの身だ、犯罪者らが国を奪い、乗っ取ってしまった。
国境沿いで私が気付いたのは、壁があろうとなかろうと、上を越えようが下をくぐろうが、人と薬物は国境を行き来し続けるだろうという了解が広がっているということだ。私は長年国境沿いで働いてきたが、その間に多くのことが変わった。柵が増え、フェンスはより大きくなり、取り締まり要員が増え、移民は減ったが麻薬は増えた。
さほど変わっていないのは、国境一帯のコミュニティー同士の日々の交流だ。国境の両側に在する都市は相互依存している。メキシコのティフアナからは、毎日何千人もが米サンディエゴ(San Diego)へ通勤し、米国側からは、より安価な歯科医院を探し求める高齢者が大挙してロスアルゴドネス(Los Algodones)を訪れている。
国境沿いのメキシコ側コミュニティーが抱える最大の治安問題は、そこで起きている麻薬密輸、米国への麻薬の流入とそれに伴うあらゆる影響、何より暴力と警備の甘さだ。
コルテス:メキシコ側から見れば、米国境警備隊は車両やカメラ、セキュリティーシステムなどを完備し、強力な存在感を示している。外部に対し、厳重な警備を敷いているようだ。
アリアス:ドナルド・トランプ米大統領が好んで使う「悪いやつら」のうち、本物の悪人は国境を越えることも、米国で拘束されるリスクを冒すこともない。メキシコ側の、ぜいを尽くし誰からもとがめられない自分の縄張りに居残り、そこから麻薬を運び出しては、需要のある場所、つまり麻薬消費量が世界最多の米国へと送り届けている。
柵越しに流入するものもあるが、大半は国境検問所を経由して密輸されている。砂漠を徒歩で渡り切る人々が背負っていく場合もなくはないが、メキシコ訪問後に帰国する「品行方正な」米国市民らが運ぶこともある。
私が話を聞いた国境警備隊員の大半は、壁が必要とは考えていなかった。それよりも要員数を増やし、言うなれば人間の壁を築く方が良いという見方だった。多くの場所には川や山といった地形上の障害があるため、物理的な壁は必要ない。また、徒歩だと村に到達するまで2~3日かかるがゆえに、壁は不要という場所も多い。国境警備隊は村で待ち受け、そこで拘束すれば済むのだ。(c)AFP/Guillermo Arias and Yuri Cortez
このコラムは、AFPメキシコ・ティフアナ支局のギエルモ・アリアス・カメラマンとメキシコ市支局のユリ・コルテス・カメラマンが、パリ(Paris)本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者と共同執筆し、2017年3月1日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。