【12月24日 AFP】夜明け前に静かに起き出して僧衣に身を包み、朝の勤めに励む。剃りあげた頭を垂れ、長野県の善光寺大勧進(Zenkoji-Daikanjin)で僧侶として一日5回の勤めに励む敬虔(けいけん)な姿を見て、彼が日本トップレベルのカヌー選手だと気づく人はまずいない。リオデジャネイロ五輪のスラローム男子カヤックシングルで11位に入った実力の持ち主である矢澤一輝(Kazuki Yazawa)は、一般的なオリンピアン像からは少し離れた異色のカヌー選手で、2020年の東京五輪を目標にしている。

 北京五輪ロンドン五輪、そしてリオ五輪に出場した経歴を持つ27歳の矢澤は、御堂の屋根が朝日に照らしだされるころ、AFPのインタビューに応じ、「もちろん、東京五輪には出場したいです。日本で開催される五輪に出場する機会は人生でこの一回しかありませんからね」と語った。その一方で「お坊さんをやりながら五輪のメダルを目指すのはかなり厳しい。五輪でメダルを取りたいのであれば、それに人生をかけないと難しい」とも話している。

 矢澤は現在、仏僧として謹厳実直な日々を過ごしながら、午後にはTシャツと短パン姿でトレーニングに臨み、近くの急流を猛スピードで下っている。インスタグラム(Instagram)に自分撮り(セルフィー)の写真を頻繁に投稿するなど、楽しいことが大好きな矢澤だが、過去最高の9位に入った2012年のロンドン五輪を節目に、競技を引退して安定した仕事を見つけようと考えていたと話す。そんな彼が出家したのは、長野県のカヌー協会会長で、自身も僧侶である小山健英(Kenei Koyama)住職の言葉があったからだった。

「啓示があったとか、そういうことは全然ありません。元々お坊さんに興味はありませんでした。だけど師匠(小山住職)はすごく魅力的な人で、だから師匠みたいなまわりのことを考えられる人になりたいと思ったんです」

「もちろん、今は練習に十分な時間が取れるわけではありませんが、スポーツを楽しむという面では楽しめています。1位になりたいという気持ちは今もあって、そこは以前と変わりません」

 妹の亜季(Aki Yazawa)さんも日本代表としてリオ五輪の女子カヤックに出場し、自身も10月に行われたジャパンカップで優勝している矢澤だが、新たな人生のスタートは簡単ではなかったという。「最初の2か月は山で修業をします。午前2時に起きて、10時まで勉強。座禅もするし、食事は精進料理で、掃除もしなくてはならない。大変でした」

 以前のようにジムや水上で長い時間を過ごすわけにはいかなくなった矢澤だが、仏様が後押ししてくれるかもしれないと考えている。「お坊さんになったからカヌーが速くなるとか、そういうふうには考えていません」と笑いながら話した矢澤は、「まずは目標を持ち、頑張って進んでいくことが大切です。それができれば、最後の何分の1秒というところで、仏様が助けてくれるかもしれない」と語った。

 矢澤はまた、自身の信念がカヌー選手としての成長に役立っていると考えている。「そういう(カヌーに乗る前にお経をあげる)ことは全然ありません。だけど集中して取り組んでいれば、最後の一瞬のところで仏様が背中を押してくれるかもしれない」

 8月に行われたリオ五輪では、善光寺のほかの住職たちが、夜中に矢澤のレースをライブストリーミングで観戦し、メールやスカイプ(Skype)でも後押しした。その一人である伝田心順(Shinjun Denda)さんは、矢澤の東京五輪出場について、「地元でメダルを取ってくれたらうれしいですね。出場するよう、われわれも説得しますよ」と話した。

 矢澤にとって、今の最優先は僧侶としての道のようだ。「どんな後悔もしたくはない」と話す矢澤は「こういう場所に来ると、心が安らぐという人もいます。だけど、大切なのはストレスのある状況下でも自分の心をコントロールすることです。それができないと、仏様も助けてくれることはないと思います」と語った。(c)AFP/Alastair HIMMER