【6月30日 AFPBB News】平尾成志(Masashi Hirao)に出会った人は皆、彼の意外な職業に驚くに違いない。1つにまとめた長い髪にスラリとした長身、精悍(せいかん)な顔立ちはさながらモデルかミュージシャン。だが細身のデニムに合わせた脚半(きゃはん)や足袋に、彼の職人としての顔を垣間見ることができる。彼が13年間取り組んでいる仕事――それは鉢の中に草木を植えて壮大な自然の景色を作り出す芸術、盆栽(Bonsai)だ。今、平尾は盆栽に新たな潮流を生み出す存在として多方面から注目を集めている。

 6月23日、都内の文化芸術施設・アーツ千代田3331(3331 Arts Chiyoda)でイベントを行うため、平尾はトラックの荷台から多くの盆栽を会場に持ち運んでいた。枝ぶりや葉姿もさまざまな盆栽に、通り掛かりの外国人たちが「素晴らしい!」「信じられない美しさだ」と感嘆の声をあげ、足を止める。またイベントが幕を開けると、会場に集まった約70人の観客らも、目の前で作り上げられていく平尾の盆栽デモンストレーションに夢中になってスマートフォンを向けた。年配男性の趣味といったイメージが強かった盆栽の写真が、「かっこいい」「すごい」と言ったコメントとともにSNS上に投稿されていく。

平尾の盆栽作品を撮影する来場者たち(2016年6月23日撮影)。AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■盆栽だけをやっていてもダメ

 現在35歳である平尾はデモンストレーション、ワークショップ、DJとのコラボレーションといった活動を通じて、盆栽の魅力を広め伝えている。この日も自らライティングを調整し、テクノ・エレクトロニカを流しながら本格的な石付き盆栽の作り方を披露した。このような形でのプレゼンテーションを思いついた理由を平尾はこう説明する。「実演中の質問を避けるために、音楽を流したのがきっかけ。集中したほうが良い作品を作れるし、過程を凝縮して見せられるから」。だが、この日の会場でも矢継ぎ早に投げかけられる質問に丁寧に答えながら作業を進める姿からは、彼の誠実な人柄と人気ぶりがうかがい知れる。

 イベントに足を運ぶのは老若男女の盆栽ファンだ。小学生から年配層までが同じ会場に集まり、盆栽について熱く語りあう。「イベントに来たクリエーターたちが勝手に仲良くなって、僕抜きでコラボレーションをすることもある」と平尾はうれしそうに笑う。「僕のインスピレーションになるのも人との出会い。人から感銘を受けることで引き出しが増える」。盆栽師になりたいなら、盆栽だけをやっていてもだめなのだと平尾は語る。「たとえば飲食店に行っても内装や空間、盛り付けに注目できるかどうか。人でも自然でも『かっこいいな』という部分への気付きを持てることが重要。いい盆栽師は鋭い観察力と記憶力を持っている」

開場前に会場セッティングを隅々までチェックする平尾(2016年6月23日撮影)。AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■師匠から受け継いだ精神

 平尾の人生の転機は、大学時代。京都産業大学(Kyoto Sangyo University)在学中に京都の東福寺(Tofuku-ji Temple)で見た枯山水・方丈庭園(Hojo Garden)に感銘を受けたことから盆栽師を目指した。「その庭を見たとき、自分の悩んでいたことが小さく感じられた。そのとき修行や継承という言葉に憧れた」。そして戦後を代表する盆栽家のひとり、故・加藤三郎(Saburo Kato)に弟子入りし、そこで植物と対峙(たいじ)する精神を学んだという。「三郎先生には緊張と緩和、そして作品に遊び心を取り入れることを教わった」。彼が今でもそばに置くゴールドのはさみは、師匠から譲り受けた形見だ。

 代々続く家業として盆栽師という職業に就く人が多い中、平尾のような存在は珍しい。「そういう人たちとはモチベーションが全然違ったし、彼らと勝負するときに何か差別化を図りたかった」。彼が変えたかったことの一つが、盆栽への敷居の高さ。そのため「親近感」は彼にとって重要な要素だ。「盆栽を、国内外問わずいろんな人に伝えられる人間になれ」という師匠の言葉を胸に、年々活動の場を広げている。

瀬戸内国際芸術祭に出品された平尾の盆栽作品。

 2013年には文化庁文化交流使も務めた平尾は、今まで海外約25か国でレクチャーやワークショップをこなしてきた。今年は現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭2016(Setouchi Triennale)」に参加し、5月には盆栽の聖地といわれる埼玉県さいたま市に盆栽園「成勝園(Seishoen)」をオープンさせた。さいたま市には東京ドーム規模の広さを誇る大宮盆栽町(Omiya Bonsai Village)や盆栽専門の美術館があり、自然環境も盆栽に最適だからだという。「成勝園では、展示や教室はもちろん、海外からの観光客にも日本体験のひとつとして盆栽を楽しんでもらえるような活動を行っていきたい」

さいたま市にオープンしたばかりの平尾の盆栽園「成勝園」。

■パリコレと盆栽

 次世代、そして世界中に「盆栽のマインドを残したい」という平尾の夢は、弟子を100人育て上げること。現在の一番弟子は韓国人。年齢も18~35歳と幅広い。また、盆栽の男くさいイメージを払拭(ふっしょく)するため、セレクトショップやオーガニックコスメとコラボレーションする構想も練っている。ファッション好きの平尾にとって、パリコレクションのランウェイに盆栽を飾るのも目標の一つだ。

「盆栽がアートかどうかは人が評価するもの」と平尾は謙遜する。だが日本の伝統文化である盆栽を現代のライフスタイルにあった芸術作品へと進化させていくのは、彼のような存在があってこそだろう。(c)AFPBB/Fuyuko Tsuji