【AFP記者コラム】中東レバノン、トランスジェンダーの誇り
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【2月24日 AFP】レバノンにトランスセクシュアルの人々がいるとは思っていなかった。というより、どの国にもトランスセクシュアルやトランスジェンダーはいるけれど、レバノンでカミングアウトする人々がいるとは思ってもみなかった。だから、私にはちょっと衝撃だったのだ。何しろレバノンは中東の国なのだ。
首都ベイルート(Beirut)は、とても開かれた街かもしれない。中東の「ゲイの首都」と呼ばれることも多い。だが、それでも非常に保守的で宗教的な雰囲気が至る所に漂っている。
このテーマについて知ったのは、ある裁判について耳にしたときだった。今年1月、控訴裁はトランスジェンダーの男性に対し、戸籍上正式に性別を女性に変更することを認めた。そういう裁判が行われていたとは、まさに目からうろこが落ちる思いだった。レバノンでトランスセクシュアルが公の存在となるのだ。私はゲイの友人たちに、トランスセクシュアルの人々を何人か紹介してくれないかと頼んだ。
最初に会ったのはドラァグクイーンで、ベイルートのゲイが集まるクラブでスター的存在のハンス・ハーリング(Hans Harling)だった。彼はトランスセクシュアルの友人2人、サーシャとトーイも紹介してくれた。
そこでまた驚きがあった。写真撮影は嫌がられるだろうから説得が必要だと私は予想していた。皆をリラックスさせるために、私の妻も連れて行った。けれど、不安がったり緊張したりしていたのはむしろ私の方で、彼らはまったくリラックスしていた。
おそらくみんな20代で若い、ということもあると思う。だが、3人とも「どんどん撮影して」と積極的だった。彼らはありのままの自分を見せ、何の問題もないことを示したがったのだ。
撮影の間、彼らは私よりもくつろいでいた。それどころか、楽しんでいた。人前で撮影するとすればどこがいいか彼らに尋ねた。「撮影場所は皆で選んで」と。でも彼らが選んだ場所を聞いて、私は思わず「本当に?」と聞き返した。
■「どうしたの?」
誤解がないように言うと、私たちが行ったのはベイルートの上流階級が住むクールなダウンタウンだ。イスラム教シーア派(Shiite)武装組織のヒズボラ(Hezbollah)が支配する地域や、保守的なスンニ派(Sunni)やキリスト教徒の居住地域ではない。
それでも……撮影中、私は気がかりで仕方なかった。誰かが来てもめごとを起こすんじゃないかと、常に周りを警戒していた。だが、何事もなかった。彼らは落ち着かない私を見て「どうしたの?」と笑い続けていた。
攻撃的な態度で挑んでくる人間は誰もいなかった。上の上の階級の地区だったにしてもだ。それは素晴らしい経験だったし、私も彼らと一緒に喜んだ。あるウエイターが、彼らの一人を「彼女」と呼んだこともうれしかった。それは女性として見られたということで、誰からも嫌がらせなどされなかった。
■家での問題
彼らの人生を楽観的に描こうというつもりはない。全員が家族との問題を抱えていた。
サーシャは女性らしさを理由に、兄弟から毎日のように殴られていたという。16歳のときには殴られたせいで入院した。そこでサーシャは自衛のために武術を習い、1年後には兄弟を殴り返してぼこぼこにしてやった、という。以来、兄弟はサーシャに触れようともしていない。
サーシャの母親と姉妹は彼女を受け入れてくれたが、父親と兄弟は違った。サーシャは今も毎日、家に帰るのが怖い。夜は寝室に鍵をかける。私が話したトランスセクシュアルの一人は、英国に亡命を申請していた。彼らの人生は決して楽なものではない。
彼らが直面しているもう一つの問題は、金銭だ。みんな若くて金はあまり持っていないが、ホルモン剤も医者にかかるのも高い。ホルモン剤は月200~300ドル(約2万2000~3万3000円)、性別適合手術は1万5000~3万ドル(約170万~330万円)かかるが、そんな額の金はない。
撮影後、私はこの記事を発表することが心配になった。私がしていることは正しいのか?写真を公開することで、危険な目に遭わせはしないか?皆、大丈夫だと言ったが、彼らはまだ若いのだ。
そこへ、サーシャから電話があった。保守的なキリスト教系のテレビ番組に出演するという。「本当に気をつけて。リンチされるかもしれない」と私は言った。でも彼女は「大丈夫、心配いらない。司会者と話したけど、全部うまくいくから」と答えた。
■一歩前進
結局、サーシャの言ったとおりだった。彼女は、匿名の1人も含めて数人と一緒に出演した。番組では各自の生き方について話す時間が設けられ、それはものすごく素晴らしかった。保守的なテレビ局が彼らの声を伝えていた。この番組と先の判決で、私は安心した。
私の写真が配信されると、地元紙のロリアン・ル・ジュール(L’Orient Le Jour)がそれを掲載した。サーシャは「すごい、格好いい、ワオ」というメッセージを私に送ってきた。もう一人はスマイルの絵文字を送ってきた。彼らは写真を喜んでいた。一歩前進だ。
正直、私もとても満足している。あの記事は矛盾を抱えるベイルートが持つ、違う一面を見せた。殺し合う人々よりも、性別を変えようとしている人々を取材するほうがよほどいい。それは中東発の、明るい記事だった。
彼らがもっと受け入れられるために主張する一助に、私の記事がなればいいとも思う。彼らは誰も傷つけていない。理解されるべきだ。(c)AFP/Patrick Baz
このコラムはレバノン・ベイルートを拠点とするAFP写真記者パトリック・バスが、パリ本社のヤナ・ドゥルギ記者と共に執筆し、2月4日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。