ナチスの空港跡、難民たちの収容施設に 独ベルリン
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【10月27日 AFP】かつてナチス・ドイツ(Nazi)の野心の象徴とされ、後に冷戦時代(Cold War)の象徴となったベルリン(Berlin)の旧テンペルホーフ空港(Tempelhof Airport)は現在、難民数百人の一時収容施設に姿を変えている。
兵士や消防隊員、ボランティアらが格納庫に設置したテント72張には、1張につき難民10人が生活することができる。就寝用には二段ベッドが用意されているが、格納庫にはシャワーを設置できないため、入浴の際は公共のスイミングプールまで送迎してもらわなければならない。
ベルリンでは、ドイツの他の都市と同様に、記録的な数の移民の流入によって収容施設が不足しており、同空港では難民1200人の宿泊施設として格納庫2基が使われるようになった。
テンペルホーフ空港は、ベルリンの不穏で困難に満ちた歴史の面影を残している。北西のはずれには、1936~41年に建設されたナチスの巨大建造物に共通する巨大な半円形をした元ターミナルビルがそびえ立つ。
冷戦初期の1948~49年の旧ソビエト連邦による「ベルリン封鎖(Berlin Blockade)」の際には、同空港は「ベルリン空輸(Berlin Airlift)」のハブ空港となり、戦争で荒廃した西ベルリンに食料や燃料を空輸する西側陣営の航空機が約27万7000回着陸した。
2010年に公園として開放されて以来、テンペルホーフは、住民らが滑走路跡でのスケートやジョギング、芝生でのピクニックを楽しむ野外レクリエーションの場所となっている。(c)AFP