【9月28日 AFP】戦火を逃れた何万人もの同胞と同じように、隣国レバノンに亡命したシリアのロックバンド「ヘベズ・ダウレ(Khebez Dawle)」のメンバーも欧州を目指す危険な旅に出た。しかし、最終目的地ドイツを目指しこれまでに5か国を経由してきた彼らの旅は、その途上で思いがけない「亡命ライブツアー」に変身した。

 23日夜、クロアチアの首都ザグレブ(Zagreb)のオルタナティブ・クラブ「モクバラ(Mocvara)」。ボーカルのアナス・マグレビ(Anas Maghrebi)さん(25)は、ライブに集まった300人の聴衆に向かって「僕たちは皆、同じ人間だ。みんな、来てくれて本当にどうもありがとう!」と語りかけた。

「ヘベズ・ダウレ」はシリアの首都ダマスカス(Damascus)で結成されたオルタナティブ・ロックバンドだが、2012年にメンバーの1人が殺害され、残るメンバーたちは翌年、レバノンへ逃れた。だが今年8月、マグレビさんとメンバー2人はバンド活動を続けるため、西欧を目指そうと決意した。「ベイルートへ行って、そこにとどまることはできないことが分かった。でも、シリアのパスポートなんか持っていても、パスポートがないも同然、役に立たない。不法渡航するしかない」

■「年をとった気も若返った気もする」

 マグレビさんたちは、ワゴン車にぎゅうぎゅうに詰め込まれてトルコを移動したり、ギリシャの島に向かってゴムボートで漂流したり、土砂降りの中、身を隠しながらバルカン諸国の低木地帯やぶどう畑を通った。

 そうした中でも、素晴らしい瞬間にはいつも音楽が一緒だった。23人の難民と共にボートでたどり着いたギリシャのレスボス(Lesbos)島では、気さくな観光客たちにバンドのCDを配った。クロアチア東部の小さな町、イロク(Ilok)の警察署に収容されたときには、警官に自分たちの音楽を聴かせた。

 キャップ帽をかぶり、赤と白のカフィーヤ(アラブの男性が使うスカーフ)を首に巻いたマグレビさんは「警察署で拘束された時、自由と刑務所をテーマにした曲を警官に聴かせたのは最高だった。かなり皮肉だったね」と語った。「この旅で僕たちはすごく成長した。年をとった気も若返った気もする。若々しさや反抗、自由、荒々しさといった感覚を取り戻した」。こうした感覚すべてがコンサートで表現される。会場には力強いギター・リフと、マグレビさんの感極まったボーカルによるインディーロックが響き渡った。

■「シリアで起きていることは、一つの国全体の追放だ」

 旅に踏み出したとき、マグレビさんたちの頭の中には、最終目的地ドイツにたどり着くこと、それしかなかった。だがある日、思いがけず、ヨーロッパ・デビューを果たすことになった。ザグレブ南東約60キロの小さな町、クティナ(Kutina)の小学校で開かれるコンサートで演奏してみないかと、主催者から声が掛かったのだ。

 楽器は持ってきていなかったので、人の楽器で演奏した。マグレビさんは旅費を工面するために音楽機材を売り払ってしまっていた。それでも「完璧」な体験だったという。「観客の大半はクロアチア人。彼らも僕たちも楽しんだ」

 次のライブは27日にスロベニアの首都、リュブリャナ(Ljubljana)で予定されている。このライブには、ボスニアのロック・バンド「デュビオサ・コレクティブ(Dubioza Kolektiv)」から招待された。

 マグレビさんにとってこうした飛び入りライブは、移民や祖国シリアに対する偏見を取り払うチャンスだという。「マスコミは難民のことを、悲しげな顔つきをして、食べ物と屋根のある寝場所を待つ哀れな人たちとして描く。しかし、実際はもっと大きな問題だ。シリアで起きたことはもっとずっと大きい。これは一つの国全体の話だ。文化的で文明的な国全体が、国土から追放されているんだ」

 マグレビさんたちはドイツの首都ベルリン(Berlin)を目指している。そこでバンド活動を続け、うまくいけば、レバノンの首都ベイルート(Beirut)にとどまっているメンバーとも再び一緒にやりたい。

「ヘベズ・ダウレ」のファースト・アルバムは、シリア騒乱を目の当たりにした若い男の話だという。セカンド・アルバムは、今、体験している旅に深く影響を受けたものになるだろう。マグレビさんは「旅を通して多くのインスピレーションを受けた。多すぎるくらいだ」と笑いながら話した。(c)AFP/Lajla VESELICA