【12月19日 AFP】メキシコにとっての2014年は、国際的な最重要指名手配犯だった麻薬カルテルの大物を逮捕し、麻薬絡みの殺人件数は減少し、経済改革でも世界の賞賛を浴び、ついに麻薬戦争の最終章が書きあがるものと思われた──。

 しかし9月、南部ゲレロ(Guerrero)州で43人の学生が拉致、殺害されたとみられる事件で全土に抗議デモが広がり、就任2年目のエンリケ・ペニャニエト(Enrique Pena Nieto)大統領とその政権は大きな危機に直面。「メキシコの栄光の一瞬」は葬り去られた。

「すべて時計が時を刻むようにうまくいっていた。すべての準備が整っていた。もう二度と、そうはいかないだろう」と、メキシコで最も著名な歴史家ロレンソ・メイヤー(Lorenzo Meyer)氏はAFPに語った。同氏によれば、2014年前半は「政治と経済双方において優等生という超現実的なメキシコ」を世界に示した。しかし後半、世界が目にしたのは「いつも通りながら、政治的支配階級が作り上げた『芸術』によって覆い隠されたメキシコ」だった。

 9月26日にゲレロ州で、警察を後ろ盾とした麻薬組織によって43人の学生が殺害されたとみられる事件が発生するまで、ペニャニエト大統領にとっても今年は順風満帆だった。「メキシコを救う」の見出しとともに米タイム(Time)誌の表紙を飾り、就任後の2年間で殺人件数が29%減少したと報告した。

 麻薬カルテルにも決定的な打撃を与えていた。2月に、13年間追跡してきた麻薬密売組織「シナロア・カルテル(Sinaloa Cartel)」の最高幹部、「エル・チャポ(El Chapo)」ことホアキン・グスマン(Joaquin Guzman)被告を、メキシコ海兵隊が太平洋に面するリゾート地で拘束。3月には暴力事件が相次ぐ西部ミチョアカン(Michoacan)州で、麻薬カルテル「テンプル騎士団(Knights Templar)」のトップを治安部隊が殺害。10月には、二つの麻薬カルテル「ベルトラン・レイバ(Beltran Leyva)」と「フアレス(Juarez)」の幹部らを、わずか1週間内で拘束した。

 ペニャニエト大統領の好調期は8月、自らの改革案を議会が承認し、76年間続いた石油掘削の国有企業独占に終止符が打たれて再び外資に開放され、絶頂に達した。

■再来したメキシコの「亡霊」

 しかし9月26日、メキシコの亡霊が再びこの国に舞い戻った。学生たちが乗ったバスをゲレロ州の警察が襲撃し、学生たちは麻薬組織へ引き渡された。襲撃を命じたのは事件が起きたイグアラ(Iguala)市の市長だったとみられている。

 今月になって、同州のごみ埋め立て処分場と川で発見されていた焦げた人骨片が行方不明になっている学生1人のものと判明した。このことから学生43人は全員、麻薬組織「ゲレロス・ウニドス(Guerreros Unidos)」に殺害されたとの見方が強まった。

 06年から続く麻薬戦争で10万人の死亡・不明者を出している状況に我慢ならなくなったメキシコ国民は、路上に繰り出し、ペニャニエト大統領の退陣を要求する抗議デモを展開。同大統領の支持率は、過去20年間で最低の40%前後まで落ち込んだ。

 火に油を注ぐように、軍にも虐殺疑惑が持ち上がった。6月に銃撃戦の結果と報告されていた容疑者22人の死について、うち8人は兵士3人が殺害したと検察当局が発表したのだ。

 メキシコ国立自治大学(National Autonomous University of Mexico)の治安専門家、ハビエル・オリバ(Javier Oliva)氏は「(市民の)怒りがあまりに強く、もはやほとんど誰もエネルギー改革や通信改革など覚えていない」と述べ、今後も政府がその場しのぎの対応を続ければ、危機的状況はさらに悪化するだろうと警告している。

 メキシコの潜在的な経済能力に力を注ごうとしていたペニャニエト大統領だったが、治安問題への対応を余儀なくされた。腐敗が著しいと悪名高い地方警察を解体し、暴力組織がはびこる都市の警察業務を連邦警察が引き継ぐ計画を発表した。しかし専門家や人権擁護団体などは、この案を疑問視し、改革は地方警察だけを対象としているが、腐敗や処罰逃れは政府のあらゆるレベルで蔓延していると指摘している。(c)AFP/Laurent THOMET