【9月9日 AFP】普通の人々を悪事に駆り立てるものとは何か──この問いについて哲学者や倫理学者、歴史家や科学者たちは何世紀も論争してきた。

 現代にも大きく通じる考えの一つは「ほとんど誰もが」、命令されれば残虐行為を働くことができるというものだ。独裁的な人物の命令や同調意識によって、我々はブルドーザーで家を押し潰し、本を燃やし、親から子どもを引き離し、彼らを殺すことさえやり遂げることができる。このいわゆる「悪の凡庸さ」は第2次世界大戦(World War II)中に何故、教育を受けた一般的なドイツ人が、ユダヤ人虐殺に加担したのかを説明する理論として引用されてきた。しかし、50年以上前に行われた世論形成実験を再検討した心理学者たちが今、再考を求めている。

「参加する者たちは自分たちが何をしているのか分からずに、ただそれを遂行することが目的になっている『考えや意識の無いしかばね』だとする『悪の凡庸さ』という概念だが、我々がデータを読み収集すればするほどそれを裏付ける証拠が減っていった」と、オーストラリア・クイーンズランド大学(University of Queensland)のアレックス・ハスラム(Alex Haslam)教授はいう。「我々の感覚とは一種の同一化であり、従ってすべての非道な行動の基には概して選択がある」

■偽の拷問実験とホロコーストの指揮者

 今回の検証で焦点となったのは、1961年に米エール大学(Yale University)の心理学者スタンリー・ミルグラム(Stanley Milgram)氏が実施した伝説的な実験だ。

 この実験に協力したボランティアは「学習に関する実験をする」と聞かされ、単語を組み合わせて覚えたはずの「生徒役」が回答を間違えると電気ショックを与える「教師役」をさせられた。そして「生徒役」が間違えるたびに「教師役」のボランティアは、実験用白衣を着た博士のような人物から、電気ショックの電圧を上げるように命じられた。電圧の目盛は15ボルトから始まり、最高は致死電圧の450ボルトだった。

 しかし、実はこれは偽の実験だった。「生徒役」は役者で、実際には電流も流されていなかった。実験中、「教師役」のボランティアからは「生徒役」の姿は見えず、聞こえていたのは声だけだった。

 だが驚くことに「生徒役」が止めてくれるよう懇願したり、泣き叫んだりするのが聞こえても、「教師役」のボランティアの3分の2近くが「致死の電圧」に至るまで、実験を続行した。この実験は、命令を受けている下で、いかに良心が抑制され得るかを示す例として様々な教科書で取り上げられるようになった。

 さらにこの実験での発見は、ナチス・ドイツ(Nazi)のホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)に関与したナチス親衛隊のアドルフ・アイヒマン(Adolf Eichmann)の1961年の裁判を扱った政治哲学者ハンナ・アーレント(Hannah Arendt)の画期的な著書と一致するものだった。

 アーレントが見たアイヒマンは、思い描いていたような怪物的な人物像とは程遠く、むしろつまらない官僚的な人物だった。このことからアーレントは、普通の人間が周囲に同調することによって残虐行為を犯す可能性を言い表すために「悪の凡庸さ」という言葉を生み出したのだった。