【8月13日 AFP】南極に生息する唯一の在来種昆虫、極小のユスリカ(学名:Belgica antarctica)は、極寒、乾燥、強い紫外線にさらされるなどの超過酷な環境で生き抜くために、無駄な部分が全くないゲノム(全遺伝情報)に依存してきたのかもしれないとの研究論文が、12日の英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)に掲載された。

 ユスリカはノミより少し大きいくらいの羽のない昆虫。2年間の幼虫期を南極の氷の中で過ごし、成虫となって現れてから10日間で、南極大陸の一様に過酷な表面上で交尾、産卵して死ぬ。

 この昆虫は、凍えるような寒さと太陽の強烈な紫外線に対する耐性を持つだけでなく、体細胞中の水分の最大70%が失われる状態にも耐えることができる。大半の動物は、体の水分が20%以上失われると生きていけない。

 このユスリカのゲノム解読プロジェクトに参加した米ワシントン州立大学(Washington State University)は声明を発表し、「南極のユスリカと同じくらいタフであることを自慢できる生物はほとんどいない」と述べた。

■昆虫で最少のゲノム

 ユスリカのゲノム解読結果は、研究チームを驚かせた。ユスリカのゲノムは、これまで昆虫で観察された中で最も小さかったからだ。

 論文の共同執筆者の1人で、ワシントン州立大生物科学学部のジョアンナ・ケリー(Joanna Kelley)氏は「それは非常に小さい」と語り、そして「それは非常に大きな驚きだった」と続けた。

 科学者らはこれまでの研究で、極寒の地に生息する動物と巨大なゲノムとの間の関連性を観察しており、ゲノムの大きさは、これらの動物が経験してきた進化による適応を反映していると考えられていた。

 だがこのユスリカのゲノムは9900万塩基対しかなかった。これに対し、例えば人間に寄生するシラミの一種、ヒトジラミのゲノムは1億500万塩基対で、ヒトゲノムは32億塩基対ある。

 ケリー氏は「これは何とか超過酷な環境に適応した結果ではないかと推測している」としたが、これについてはまだ確証は得られていない。

 ユスリカには、すべての昆虫や動物が持っている、いわゆる「ジャンクDNA」の大半が存在しない。ジャンクDNAは、非タンパク質コードDNAの通常より短い長さの反復配列だ。

 だがユスリカは、大半のハエと同じ数の約1万3500個の機能遺伝子を持っていた。

 論文の共同執筆者で、米オハイオ州立大学(Ohio State University)のデビッド・デンリンジャー(David Denlinger)氏は、「ユスリカは実際にゲノムを徹底的に減らし、これまで考えも及ばなかったほど小さなサイズにまで絞り込んできだ」と指摘する。

 それでもユスリカは、発達プロセス、代謝、外的刺激への反応などに関連する遺伝子を多数持っており、これらは「この過酷な環境で生き抜くための適応を反映しているのかもしれない」という。

 今回の研究で得られた成果については、移植用に採取されたヒトの組織をどのように冷蔵保存できるかを明らかにするなど、人間に役立つ技術の開発の一助となるかもしれないとデンリンジャー氏は話している。(c)AFP