【7月17日 AFP】心筋に特定の遺伝子を注入して、弱った心臓を強く拍動させることに動物実験で成功したとの研究論文が、16日の米医学誌サイエンス・トランスレーショナル・メディシン(Science Translational Medicine)に掲載された。

 人間での安全性と有効性が確認されれば、この治療法が電子ペースメーカーの必要性に取って代わる日が来るかもしれないと専門家らは指摘しているが、そのための知見が得られるのはまだ数年先のことだという。

 論文の主執筆者で、米シダーズサイナイ医療センター心臓研究所(Cedars-Sinai Heart Institute)のエドゥアルド・マーバン(Eduardo Marban)所長は「この進歩は、遺伝子治療の新時代の到来を告げるものだ。今回の遺伝子治療では、遺伝子を用いて機能不全を是正するだけでなく、病気を治療するためにある種の細胞を別の細胞に実際に変換している」と説明する。

 同所長によると、病気を治す目的で生きた動物の心細胞に遺伝子を組み込んだのは今回の研究が初めてだという。

 遺伝子治療は長年、有望だがリスクを伴う分野とみなされてきた。1990年代に人間への応用における初期の試みで患者に危険や死をもたらす恐れがあることが示された後は、特にその傾向が強くなった。

 マーバン所長によると、弱毒性ウイルスを遺伝子の運搬体として利用することで、致命的な免疫反応が起きる可能性、さらにはこの処置が腫瘍の形成につながる恐れなどの、遺伝子治療で主に発生する懸念事項を減らせるはずだと説明。それでも、さらなる研究が必要になることは認めている。

 論文に詳細に記された治療法では、「Tbx18」として知られる遺伝子を、心臓のポンプ室(心室)にコショウの実ほどの大きさの範囲で注入した。

 Tbx18は、通常の心細胞の一部を、心臓のポンプ機能を担う「洞房(どうぼう)細胞」と呼ばれる別の種類の細胞に変換する。

 マーバン所長は「要するに、通常は拍動を伝搬するだけで、拍動を起こさない心臓内の部位に新たな洞房結節を形成するということだ」と、今回の研究について議論するために開かれた電話会議で記者団に語った。

「新たに形成された洞房結節は、ペースメーカー機能を引き継ぐことになる」

■「一回の治療」実現へ向け

 治療の侵襲性を最小限に抑えたこの治療法の試験は、「完全心ブロック」として知られる疾患を持つブタで行われた。完全心ブロックは、「心臓の電気系統」が損なわれて不整脈が発生する重度の疾患だ。

 遺伝子はカテーテルで注入されるので、開胸手術を行う必要はない。

 遺伝子を注入したブタはその翌日には、治療を施していないブタに比べて心拍数が著しく速くなった。

 ブタにおける治療の効果は、研究期間の2週間にわたって続いた。研究チームは現在、この効果がどれほどの期間継続する可能性があるかを確認するための研究を続けている。

 米国では、電子ペースメーカーを埋め込む治療は毎年約30万件行われており、保健医療制度の費用は年間約80億ドル(約8125億円)に上っていると研究チームは指摘している。

 最初に治療の対象になる可能性がある候補としては、ペースメーカー埋め込み術後に感染症を発症する全体の2%の患者が挙げられている。

 また「先天性心ブロック」と呼ばれる疾患を持つ胎児も候補の一つに挙げられている。先天性心ブロックは、胎児2万2000人に1人の割合で発症し、胎内で不整脈を引き起こす。

 胎児にペースメーカーを埋め込むことは不可能なので、先天性心ブロックを治療するためにできることはほとんどなく、死産という結果に終わる場合が多い。

 マーバン所長によると、同所長と研究チームが開発した治療法は、人への臨床試験を行えるようになるにはまだ少なくとも2~3年を要するという。

「今回の研究が提供するものは、少なく見積もったとしても、継続的な診療行為、治療の繰り返し、人体に埋め込まれた人工的機器への依存などをすべて必要としない、1回の遺伝子注入による治癒的療法の実現に向けた可能性だ」とマーバン所長は述べている。(c)AFP/Kerry SHERIDAN