【11月1日 AFP】ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)の立案者の1人とされるナチス・ドイツ(Nazi)の秘密警察(ゲシュタポ)のトップだった、ハインリッヒ・ミュラー(Heinrich Mueller)が、1945年にベルリン(Berlin)のユダヤ人墓地に埋葬されていたと独紙ビルト(Bild)が10月31日付けの紙面で伝えた。

「ゲシュタポ・ミュラー」の異名を持つミュラーの生死は68年間、不明のままだった。だがビルト紙によると、歴史学者らが発見した文書からミュラーは戦争末期に死亡し、ベルリン中心にあるユダヤ人共同墓地に埋葬されたことが分かったという。

 ミュラーについては長らく、第2次世界大戦(World War II)を生き延びたと考えられており、ドイツ連邦情報局(BND)の資料にはミュラーは1949年の夏、当時のチェコスロバキアのカルロビバリ(Carlsbad)に生存と記されていた。

 だがビルト紙は、連邦情報局の記録は誤りで「既に1945年8月に第3帝国時代の航空省近くの仮設墓地に埋葬されたミュラーの遺体が発見されている」との「ドイツ抵抗運動記念館」のヨハネス・トゥヘル(Johannes Tuchel)館長のコメントを伝えた。ミュラーは終戦前に死亡し1945年にベルリンのミッテ(Mitte)区にあるユダヤ人共同墓地に埋葬されたという。遺体は将官の制服姿で、胸ポケットにミュラー本人であることを示す写真付きの身分証明書などが入っていたとトゥヘル館長は語っている。

 1942年1月にベルリン郊外の別荘にナチス将校らが集まって行われたバンゼー会議(Wannsee Conference)に出席しているが、この会議では「最終的解決」としてナチス占領下にあった欧州各国のユダヤ人を絶滅させる計画が協議された。(c)AFP