「死んでないことを神様に感謝」、マララさんが自伝出版
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【10月7日 AFP】パキスタンの女子が教育を受ける権利を訴え、イスラム武装勢力タリバン(Taliban)に銃撃されたマララ・ユスフザイ(Malala Yousafzai)さん(16)は、英国の病院で恐怖とともに意識を取り戻した──そしてまず最初に思ったことは、「死んでいないことを神様に感謝」だった。
マララさんの自伝「I am Malala: The Girl Who Stood Up for Education and Was Shot by the Taliban(私はマララ:教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女)」が8日に発売される。その抄録が英日曜紙サンデー・タイムズ(Sunday Times)に掲載された。
抄録によると、銃撃から6日後に意識を取り戻したマララさんは、すぐにはしゃべることができなかった。どこにいるのかも理解できず、自分の名前すらわからなかった。当時、襲撃されたことについては、ほとんど記憶になかったという。
記憶にある最後の出来事は2012年10月9日、パキスタン北西部スワト渓谷(Swat Valley)で、友人たちと一緒に通学のために乗っていたバスが軍の検問所に停まったときのことだという。この直後にマララさんは銃で撃たれてしまう。
友人たちによると、銃を持ったマスク姿の男たちが「マララはどこだ」と叫びながらバスに乗り込んできて、マララさんの頭を狙って銃の引き金を引いた。この瞬間、マララさんは握っていた友人の手を強く握りしめたという。
「私は銃撃から1週間後の10月16日に目が覚めた。最初に思ったことは『死んでないことを神様に感謝』だった。けれど自分のいる場所は分からなかった。故郷ではないことは分かった」
「起きたばかりの頭の中をたくさんの疑問が飛び交った──私はどこにいるの、誰がここに私を連れてきたの、両親はどこ、父は生きているの。私は怖かった。私に分かったことは、アラーが新たな生を私に祝福してくださったことだけだった」
「バーミンガム(Birmingham)にいることを看護師が教えてくれた。でも、それがどこなのか見当も付かなかった。看護師は何も教えてくれなかった。私の名前さえも。私はまだマララなの──」
英国での治療中、マララさんはひどい頭痛に悩まされた。痛み止めの薬剤も効かず、左耳からは出血が続き、顔の左半分がちゃんと動かないことを感じた。
事件から16日が経過し、両親がようやく英国に到着した。そのとき、マララさんは事件後初めて泣いたという。
「病院にずっとひとりぼっちで、首にたくさんのチューブをつけられたり、頭から医療用のホチキスが外されたりしても、泣くことはなかった。でもその時はもう止めることができなかった。父と母も泣いていた。心の中からすべての重しが持ち上げられた気がした。もう全部大丈夫と感じた」
(c)AFP