【5月11日 AFP】映画監督のケン・ローチ(Ken Loach)氏は、最近の映画やテレビ番組のほとんどは心を打たないという。

「能天気な人々のための能天気な映画だね」というのが、テレビドラマ『キャシー・カム・ホーム(Cathy Come Home)』や映画『ケス(Kes)』で世に出た映画人の容赦ない宣告だ。

 もはや映画やテレビ番組は「問いかけていない。脳みそのための柔らかいクッションのようだ。上にいる大勢の官僚的な人間のせいで、人生というものが締め出されている」と、仏パリでインタビューしたローチ監督は批判する。

■新作『The Spirit of '45』は社会の「解毒剤」

 最新作『The Spirit of '45』は、ある「解毒剤」を処方しようと試みている。1945年の総選挙とクレメント・アトリー(Clement Attlee)首相の労働党政権による福祉国家建設に関するアーカイブ・ドキュメンタリーだ。

 1930年代の英国と現在の憂える相似点を目にし、76歳のケン・ローチ監督は「どうやってあそこから抜け出したか」を思い出そうとしたと語る。「それ(無償医療や住宅の向上、高齢者や失業者への経済的支援)は、神の御業ではなく、可能だと言いたい。自由市場やむき出しの資本主義といった新保守主義の思想は決して、尊厳に満ちた安定した生活を提供はしない」

 社会主義を信条とすることで知られるローチ監督は、第二次世界大戦後の福祉国家建設に英国を導いた貧困は、現代の英国社会を遠くまで見渡さずとも、すぐそこでこだましているという。しかし、英国のテレビや映画はそうした現実を捉えず、画面に映るものは「実際に起きていることとは、まったく関係のないこと」ばかりになりつつあるという。「今、何がこの国で起きているか。カオス化する社会だ。機能不全社会、若者の疎外──しかしテレビドラマを見ても、そんなことは全然反映されていない」。

 監督の目が向くのは、英国でも最も打ちひしがれているリバプール(Liverpool)や北東部、グラスゴー(Glasgow)やイーストロンドンといった地域で起きている大量の失業や「飢餓よりも肥満として表れるような」極貧、それから極右勢力の台頭だ。

 10年足らず前には物質的安定が保証されているように見えた若者世代は今、「つまらない」将来しかないと考えるようになっていると言う。「若い人たちと話すと、彼らが何も期待していないことが分かる。職には就けず、家は持てず、子供を育てることさえ期待していない。彼らは政治的に考えているわけではないが、それが自分たちの未来だと、希望のない未来だと言っている。(1930年代と)よく似ていて、それは非常に危険だと思う」

■商業的成功ばかりに囚われるテレビ・映画界

 ローチ監督は、テレビ界や映画界のあまりにも商業的で規範的な上層部が市場シェアに取りつかれていることが、選択肢を失わせていると非難する。

 監督の初期作品『キャシー・カム・ホーム』では、ある一家が転落の悪循環にはまっていく。まともな住宅が英国に不足していたことを浮き彫りにし、1966年にBBCで放送された当時、世論の怒りに火をつけた。

 しかし今日の映画製作者たちは、「キャシー」と同じような映画作りは不可能だと思うだろう──彼らの上に何層にも果てしなく「官僚」たちが連なっているからだとローチ監督は言う。「昔は何もなかった。プロデューサーとドラマ部門のチーフだけで、彼らは作品の発表前に見ることも見ないこともあった。非常に仕事のしやすいプロセスだった。続いたのは数年だけだったし、もちろん対立はしたが、対立の線はもっと寛大に引かれていたから、もっとたくさんの自由があった」

 多くの困難にもかかわらずローチ監督は多作で、カンヌ国際映画祭(Cannes Film Festival)で最高賞のパルム・ドール(Palme d'Or)を受賞した『麦の穂をゆらす風(The Wind that Shakes the Barley)』など、この10年間だけでも6本の作品が映画館で上映されてきた。

「老いた競馬馬」のように、コースを周りきれるかどうか自信がないと感じるとき、引退が頭をよぎることも多い。しかし今のところ「やるべきことは本当にたくさん」ある。脚本家ポール・ラバティ(Paul Laverty)氏との新作の計画もすでに立ち上げ段階にある。「アイルランドで何かしたい。おそらく1930年代の設定で、『麦の穂をゆらす風』の10年後だ。まだ、ひらめいただけだがね」

(c)AFP/Helen ROWE