【5月30日 AFP】エレン・ウー(Ellen Wu)さん(37)は、60年前の毛沢東(Mao Zedong)時代であったなら、働けと言われたことだろう。ただし、産まれたばかりの娘は託児所に「タダで」預けることができただろうし、親族たちも息せき切って娘の面倒を見てくれたことだろう。

 現代の中国において、ウーさんは結婚から10年後に娘を出産。わずか5か月後には、今の職場での翻訳の仕事に復帰した。2歳になる娘のために、ベビーシッターを雇っている。

「本当はもっと家にいたかったんですけど、ほかに選択肢がなかったんです。今のキャリアが中断してしまったら失業してしまいます」とウーさん。 

 広告代理店の米オグルヴィ・アンド・メイザー(Ogilvy and Mather)によると、中国の推定3億2000万人の「働く母親」の多くが、ウーさんと同じような状況に直面している。

■女性に芽生えつつある「自立」意識

 1949年に中華人民共和国が建国された当初、女性も働くことが強制された。毛沢東は、「空の半分を支えているのは女性である」との格言も残している。

 急速な社会変化と現代化の60年あまりを経た現在、中国の女性たちは、「働く母親の現状ははるかに厳しくなった」と口をそろえる。保育園は高くつき、職場での融通もきかなくなった上、夫が一家の唯一の稼ぎ手という時代は終わったのだ。

 先のウーさんもこう語る。「女性も仕事を持つべきで、夫に『おんぶに抱っこ』ではやっていけません。わたし自身も、家族の中で経済的に自立することが不可欠なんです」。ちなみに彼女の年収は25万元(約330万円)、北京(Beijing)の去年の1人当たり平均年収の5倍以上だ。

 オグルヴィ・アンド・メイザーは3月に出した報告書の中で、中国の母親たちは夫に引けをとらないほど仕事に貪欲になりつつあり、このために夫とのあつれきも増えつつあると指摘している。

 ウーさんは結婚後、1年半ほど海外に留学していたのだが、その経費を夫が出していたこともあり、出費についていちいち夫に報告しなければならないと感じていた。「屈辱的な経験でした」とウーさん。

■高すぎる民間の保育園

 家庭内でのプレッシャーのほかにも、手頃な保育園がなかなか見つからないという問題がある。

 祖父母が孫の世話を手伝うという昔ながらの伝統はまだ残っているが、年配世代の威光が衰えるなか、子どもの育て方をめぐって口論となることはしばしばだ。

 さらに、低料金の国営託児所の膨大なネットワークは、この30年間の経済改革の過程で崩壊し、母親に残された選択肢は少なく、そして高くつくものとなった。民間の保育園のなかには、年間子ども1人あたり3万3000元(約44万円)と大学の1年間の授業料より高いところもあり、庶民には高嶺の花だ。

■自ら「降格」した母親も

 政府系機関が去年、北京と上海(Shanghai)で就学前の子どもの親1340人を対象に実施した調査によると、育児のために一時的に仕事をやめたという母親は40%近くにのぼった。仕事で成功している女性ほど産後仕事に復帰するまでの時間も短いとの指摘もある。 

 だが、仕事と育児のプレッシャーを抱えきれなくなる場合もある。

 マ・ジュン(Ma Jun)さん(32)は政府系の科学研究所の研究員。以前は研究チームの中枢メンバーで、深夜まで仕事をすることも多かったが、息子の出産を機に自ら「降格」した。マさんは言う。「以前は、昇進と研究で結果を出すことが目標でしたが、今は、家族のことを最優先にしています」(c)AFP/Fran Wang