「ニナ リッチ」のオリビエ・ティスケンス、デザインを語る
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【12月13日 MODE PRESS】ニナ リッチ(Nina Ricci)のデザイナーを務めるオリビエ・ティスケンス(Olivier Theyskens)が12月初旬、米ニューヨークでトーク・セッションを行った。進行役は、服飾美術館のパメラ・ゴルビン(Pamela Golbin)だ。
■30歳にしてキャリアは10年
オリビエは今年で30歳。ファッション界でのキャリアも10年目を迎えた。しかし、彼の家族はみな理系だったという。「家族は美術系の学位なんてどうでもいいと思っていたから、ベルギーの芸術学校ラ・カンブル(La Cambre)を中退した時も、誰一人心配しなかったみたいだよ。僕が首位で入学したことが唯一の災難さ」とオリビエ。
■マドンナの衣装を手掛ける
中退後も独学で創作活動を続け、服のルック・ブックをパリに送ったことをきっかけその名を徐々に広める。彼を一躍有名にしたのは、アカデミー賞授賞式でマドンナが彼の服を着た登場したことだった。「マドンナが僕の服を着ることについては『OK』って感じで、特にヒステリックにもならなかった。むしろ友達の反応が凄くて、それには満足した気分になったね」
彼の初期の作品は、非常にゴシック的でダークな雰囲気と評されていた。「ゴシック・ムーブメントについては何も知らなかった。聖堂の様式にまつわる言葉だと思ってたぐらい。繊細で壊れやすいもの、っていう考えは好きだな。僕にとって、悲しみ、喜び、郷愁、哀愁という感情を混ぜ合わせることはとても重要なんだ」
■ロシャスのヘッド・デザイナーに
2002年、P&Gが長年閉鎖されていたロシャス(Rochas)のヘッド・デザイナーにオリビエを抜擢。そこには、新たなクリエーションのための十分なスペースがあった。しかし、7シーズン後には、再びメゾンが閉鎖。「僕にはその理由がわかったんだ。僕は個人的に何か他のストーリーに惹かれていた。そこに20年間も居続ける気はなかったからね」
■ニナ リッチへ
07/08年秋冬シーズンからニナ リッチのデザイナーに就任したオリビエは、笑いながら「以前からこのブランドに対して美学的な共通点を感じていた。小鳥のドレスをスケッチしながら『すごくニナ リッチっぽいな』と思っていたら、ブランドからの電話をもらったんだ」と語る。
1932年に設立されたニナ リッチは、今年75周年を迎えた。「戦争やその他の理由で途切れた過去のある多くの仏ブランドとは違って、ニナ リッチはずっと続いてきた。ネバー・エンディング・ストーリーみたいにね」とオリビエ。
「明確なものから得たインスピレーションを再構築するのが面白い。自分がやってることは今まで誰もやったことがないものをデザインするのが好きなんだ」。(c)Fashion Week Daily/MODE PRESS
■会場での質疑応答
Q:ラ・カンブルで経験を積むことはできたか?
F:時々衝動的に感じるんだけど、この時も強烈に「ここから去らなきゃ」って思った。学校を辞めて服が作りたかったんだ。
Q:ファースト・コレクションの資金はどうやって?
F:何年もかけて集めた沢山の素材を全部使った。危うく家族のシーツを使いそうになったほどだよ。あとは、ありがたいことに家族が少し助けてくれた。
Q:ファッション以外で幸せに感じることは?
F:ファッション以外の全てのものが僕を幸せな気持ちにさせてくれるよ。
■30歳にしてキャリアは10年
オリビエは今年で30歳。ファッション界でのキャリアも10年目を迎えた。しかし、彼の家族はみな理系だったという。「家族は美術系の学位なんてどうでもいいと思っていたから、ベルギーの芸術学校ラ・カンブル(La Cambre)を中退した時も、誰一人心配しなかったみたいだよ。僕が首位で入学したことが唯一の災難さ」とオリビエ。
■マドンナの衣装を手掛ける
中退後も独学で創作活動を続け、服のルック・ブックをパリに送ったことをきっかけその名を徐々に広める。彼を一躍有名にしたのは、アカデミー賞授賞式でマドンナが彼の服を着た登場したことだった。「マドンナが僕の服を着ることについては『OK』って感じで、特にヒステリックにもならなかった。むしろ友達の反応が凄くて、それには満足した気分になったね」
彼の初期の作品は、非常にゴシック的でダークな雰囲気と評されていた。「ゴシック・ムーブメントについては何も知らなかった。聖堂の様式にまつわる言葉だと思ってたぐらい。繊細で壊れやすいもの、っていう考えは好きだな。僕にとって、悲しみ、喜び、郷愁、哀愁という感情を混ぜ合わせることはとても重要なんだ」
■ロシャスのヘッド・デザイナーに
2002年、P&Gが長年閉鎖されていたロシャス(Rochas)のヘッド・デザイナーにオリビエを抜擢。そこには、新たなクリエーションのための十分なスペースがあった。しかし、7シーズン後には、再びメゾンが閉鎖。「僕にはその理由がわかったんだ。僕は個人的に何か他のストーリーに惹かれていた。そこに20年間も居続ける気はなかったからね」
■ニナ リッチへ
07/08年秋冬シーズンからニナ リッチのデザイナーに就任したオリビエは、笑いながら「以前からこのブランドに対して美学的な共通点を感じていた。小鳥のドレスをスケッチしながら『すごくニナ リッチっぽいな』と思っていたら、ブランドからの電話をもらったんだ」と語る。
1932年に設立されたニナ リッチは、今年75周年を迎えた。「戦争やその他の理由で途切れた過去のある多くの仏ブランドとは違って、ニナ リッチはずっと続いてきた。ネバー・エンディング・ストーリーみたいにね」とオリビエ。
「明確なものから得たインスピレーションを再構築するのが面白い。自分がやってることは今まで誰もやったことがないものをデザインするのが好きなんだ」。(c)Fashion Week Daily/MODE PRESS
■会場での質疑応答
Q:ラ・カンブルで経験を積むことはできたか?
F:時々衝動的に感じるんだけど、この時も強烈に「ここから去らなきゃ」って思った。学校を辞めて服が作りたかったんだ。
Q:ファースト・コレクションの資金はどうやって?
F:何年もかけて集めた沢山の素材を全部使った。危うく家族のシーツを使いそうになったほどだよ。あとは、ありがたいことに家族が少し助けてくれた。
Q:ファッション以外で幸せに感じることは?
F:ファッション以外の全てのものが僕を幸せな気持ちにさせてくれるよ。