ビンラディン容疑者殺害までの経緯、依然残る疑問
このニュースをシェア
【5月4日 AFP】米政府高官らは、国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の最高指導者ウサマ・ビンラディン(Osama Bin Laden)容疑者を殺害した軍事作戦の詳細を明らかにしつつあるが、いくつかの重要なポイントは秘密のベールに包まれたままだ。
以下は、これまでに明らかにされた詳細の一部といくつかの疑問。
--ビンラディン容疑者の隠れ家をどのようにして発見したか?
2年前、米中央情報局(CIA)がビンラディン容疑者のクーリエ(手紙やメッセージの運び屋)を特定。テロ容疑者らは取り調べで、このクーリエがビンラディン容疑者に近しい人物であると証言。CIAはクーリエを追跡し、2010年8月、パキスタン・イスラマバード(Islamabad)北郊のアボタバード(Abbottabad)にある大きな屋敷に入ったのを確認。
だが、クーリエを特定した経緯は明らかにされていない。情報はパキスタンの諜報機関からもたらされたのだろうか、それともテロ容疑者の取り調べで引き出されたのだろうか。
前月29日にバラク・オバマ(Barack Obama)米大統領が作戦を命令した際、ビンラディン容疑者がこの屋敷にいることはほぼ間違いないと考えられたが、写真などの確証はなかった。
--軍事作戦が決定された経緯は?ほかの選択肢はなかったのか?
CIAが屋敷がビンラディン容疑者の隠れ家であるとの確信を深める中、今年3月に軍事作戦の検討が開始された。
特殊部隊がヘリコプターを使って隠れ家を急襲する作戦が検討されたが、オバマ大統領は隠れ家の空爆、または情報が十分に集まるまで行動を起こさないことも検討した。
ヘリコプターを使った急襲作戦については、過去のソマリアやイランにおけるような悲劇が繰り返される懸念があった。また、作戦に失敗した場合、パキスタンとの関係悪化という政治的なリスクがあった。
空爆案では、B2ステルス爆撃機または巡航ミサイル「トマホーク(Tomahawk)」の使用を検討。戦闘が回避されるため米兵へのリスクは軽減されるが、ビンラディン容疑者の遺体確認が困難になる、民間人に多数の死傷者が出る恐れがある、などの欠点があった。
情報が十分に集まるのを待つ案については、CIAが、ビンラディン容疑者関連の情報としては米軍がアフガニスタンに侵攻した2001年以降では最高のものだとして、現時点での作戦実行を強く主張した。
--作戦では、ビンラディン容疑者の殺害が指示されていたのか?
米政府がビンラディン容疑者の遺体写真を公開しないと決定したことなどから、憶測が高まっている。政府高官は、捕捉することも可能だったかもしれないが、「抵抗した」ために殺害したと説明。ただし、ビンラディン容疑者は武装していなかったとも付け加えている。
--パキスタンは作戦に関与していたのか?
オバマ大統領は会見で、「パキスタンと共同で行ったテロ対策がビンラディン容疑者と隠れ家の特定につながった」と述べた。だが政府高官らは、パキスタン政府とイスラム武装勢力が裏でつながっていると繰り返し指摘。米政府が作戦をパキスタン政府に事前に通告しなかった背景にはこうした不信感がある。
CIAのレオン・パネッタ(Leon Panetta)長官は、「パキスタンと共同作業すると情報が(ビンラディン容疑者らに)漏れ、作戦が危うくなると判断した」と米誌タイム(Time)に語っている。
隠れ家の近くには軍の施設があることから、パキスタン政府がビンラディン容疑者をかくまっていたのではないかとの疑念が持ち上がっているが、パキスタン側はこれを否定している。ジョン・ブレナン(John Brennan)米大統領補佐官(テロ対策担当)は、同国に何らかの支援ネットワークが存在していたとの見方を示している。(c)AFP/Dan De Luce