【8月9日 AFP】海底の岩にこびりつく原油の黒い固まりは、2006年のイスラエルとレバノンのシーア派武装組織ヒズボラ(Hezbollah)との戦闘が残した、忘れ去られた醜悪な遺産といえる。

■見せかけの原状回復

 ベイルートから40キロ離れたアムシート(Amchit)海岸の岩は、隅々まで重油で真っ黒に汚れ、近くの工場から打ち寄せられた廃棄物が、ドロドロした流れとなって留まっている。

 一方、そこからたった5キロ離れただけの華やかなリゾート地や伝統的な漁村、そしてユネスコ(UNESCO)の世界遺産に登録されているビブロス(Byblos)遺跡は、全くの別世界だ。海岸の砂も小石もきれいに洗浄され、戦争前の状態が回復されている。

 環境保護活動家は、この露骨な優先順位づけに非難の声を上げるが、しかし、このビブロスでさえも、見かけと実態とは異なっている。海水浴客でにぎわう砂浜とわずかに離れた人工砂丘には、精油槽やドラム缶数十個がうち捨てられている。そのいくつかは破損し重油が流出、太陽の下で黒く輝いている。

 地元の環境保護団体は、この汚染が海洋生物に悪影響を及ぼし 、汚れた海で魚を捕り、水浴びをする住民に健康被害がおよぶ危険性を強調する。

■遅れる汚染除去作業

 レバノンではいまも、1年前のイスラエルとヒズボラの戦闘がもたらした環境破壊との戦いが続いている。

 特に、2006年7月、イスラエルによるベイルート南のジイエ(Jiye)火力発電所爆撃で流出した1万5000トンの重油は、深刻な海洋汚染を引き起こした。東地中海の海面は、未だかってない量の重油の油膜で覆われている。

 戦闘から1年。レバノン環境省は、150キロ以上及ぶ海岸線に広がった重油の60%~70%は除去したと発表。しかし、26か所を上回る岩浜は、まだ手つかずであることも認めている。汚染が残っているのは、ほとんどがベイルート北方のビブロスとEnfeの間、約30キロの地帯だ。

 汚染除去作業に470万ドル(約5億6000万円)を拠出する米国際開発局(USAID)も、清掃作業が困難で長期にわたることを認めている。

 「流出した重油の除去は一朝一夕ではできない。仕事が終わっていないことは百も承知」とUSAIDの責任者はいう。「大量の重油を除去しても、さらに浄化する必要があり、海岸の岩は高温、高圧洗浄を行わなければならない」。アムシート(Amchit)海岸の清掃についてもUSAIDは、「忘れているわけではない」としながらも、仕事が進んでいないことは認めている。

■処分場と費用の問題

 レバノン政府は海岸に残留する汚染物質を外国に運んで処理することを提案。しかし環境保護団体は、廃棄物の1トンあたりの処分費用は1万3000ドルから1万7000ドル(約155万円から200万円)となり、コストが掛かりすぎると指摘している。

 「我々は廃棄物をレバノン国内で処理する提案をしているが、それは政府によって拒絶された」と語るのは、ベイルートの南方の海岸の汚染除去を行った環境保護団体Bahr Loubnan(「レバノンの海」の意)のメンバーだ。

 こうして政治家と環境保護団体の論争が続く間も、重油は海岸線を汚染し続けている。住民は日々、戦争がもたらしたすさまじい環境破壊と汚染にさらされているのだ。(c)AFP/Sylvie Groult