成功を収めた2007年のアジアサッカー界
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【12月25日 AFP】高まる関心の中、エンターテイメント性の高い第14回アジアカップ(Asian Cup)等で成功を遂げた2007年のアジアサッカー界だったが、良い出来事だけとは限らなかった。
AFCチャンピオンズリーグ(AFC Champions League)は、2戦合計3-1でイランのセパハン(Sepahan)を降した浦和レッドダイヤモンズ(Urawa Red Diamonds)が日本のチームとして初優勝を果たすなど同大会は活性化した大会となった。
また2007-08シーズン前にはマンチェスター・ユナイテッド(Manchester United)をはじめリバプール(Liverpool)やポーツマス(Portsmouth)やフラム(Fulham)やボルトン・ワンダラーズ(Bolton Wanderers)などがアジアを訪問しイングランド・プレミアリーグのファンは2007年もそのプレーに魅了された。
2008年に開催される北京五輪への出場権は、開催国の中国に加え、予選を突破したオーストラリアと日本と韓国が獲得した。
しかし、ベトナム人とマレーシア人審判員が試合を不正に操作し投獄されるなどで再び腐敗が浮かび上がった。
■イラクがアジアカップを制す
2007年が振り返られるとすると、アジアカップ決勝でアジアサッカーの重鎮であるサウジアラビアを予想に反して破ったイラクがまず思い出されるだろう。戦争によって荒廃したイラクに歓喜をもたらした優勝は、ばらばらに分かれたコミュニティを祝福の瞬間に繋ぎ合わせた。3位には韓国、4位には日本が入り、上位3チームが2011年にカタールで開催される第15回アジアカップ(AFC Asian Cup 2011)の本大会への出場権を獲得した。同大会のテレビ視聴者数は最高となったが、開催国のマレーシアをはじめインドネシアやタイやベトナムの4か国からは違った反応が起こった。いくつかのスタジアムでは満員の観客が見受けられたが、その他のスタジアムでは空席が多く目立った。また、初の複数国開催には移動についての問題が多く付きまとった。
■欧州リーグでのアジア選手の活躍
タクシン・シナワット(Thaksin Shinawatra)前タイ首相に買収されたマンチェスター・シティ(Manchester City)は、タイのチョンブリーFC(Chonburi FC)からスレー・スハ(Suree Sukha)とKietprawut Sai-aeo、Muangthong-Nongchok United FCからテーラシル・ダンダ(Theerasil Daengda)を獲得した。セルティックに所属する日本の中村俊輔(Shunsuke Nakamura)がスコットランド・プレミアリーグのMVPに選出されるなどしたが、世界のトップリーグでのアジア選手の活躍は少数に留まった。特に韓国人選手は徐々にその姿を消していった。マンチェスター・ユナイテッドのパク・チソン(Park Ji-Sung)は怪我に悩まされ、フラムのソル・ギヒョン(Seol Ki Hyeon)は出場機会に恵まれず、ミドルスブラ(Middlesbrough FC)のイ・ドングク(Dong Gook Lee)はもがき苦しんでいた。
■アル・カータニがアジア最優秀選手に
イラクのユニス・マフムード(Younis Mahmoud)が受賞に相応しいと見られていたが、アジア・サッカー連盟(Asian Football Confederation、AFC)の年間最優秀選手にはサウジアラビアのヤッセル・アル・カータニ(Yasser Al Qahtani)が選出された。しかし、AFC年間最優秀代表チーム(National team of the year)にはイラクが選ばれ、同クラブチーム(Club of the year)には浦和レッズが輝いた。
■変化が見られなかったアジア各国のリーグ
中国スーパーリーグ(Chinese Super League)では長春亜泰(Changchun Yatai)が、また日本のJリーグでは鹿島アントラーズ(Kashima Antlers)が、そして韓国Kリーグでは浦項スティーラース(Pohang Steelers)がそれぞれ国内リーグを制しているが、それも数少ない変化だった。少数のリーグは信頼を得ているが、他のリーグには変化が見られなかった。
■再び浮かび上がった腐敗
常に疑いを持たれていた中国はそれまでの行為を一掃したにも関わらず、腐敗が再び明らかになった。ベトナムでは元ベトナムU-23代表副キャプテンのレ・クオク・ブオン(Le Quoc Vuong)受刑者が、2005年の東南アジア競技大会(SEA Games)において賭けの対象となっていたミャンマー戦で賭博シンジケートからの現金の見返りに不正を行ったとして4年の懲役が科せられた、また別の事件として2004-2005シーズンのベトナムリーグでは9人の審判と職員による試合での不正操作が発覚し、有罪判決で最高7年の懲役が下された。
また元マレーシア代表監督で試合の不正操作を行い贈賄の罪に問われたChow Kwai Lam受刑者は3万3112ドル(約390万円)の罰金刑を受け、更にはサッカーとの関係は無いが政治汚職でインドネシアサッカー協会(Persatuan Sepak bola Seluruh Indonesia、PSSI)の会長を務めていたヌルディン・ハリッド(Nurdin Halid)受刑者は有罪判決を受けのちに投獄されている。(c)AFP/Martin Parry
AFCチャンピオンズリーグ(AFC Champions League)は、2戦合計3-1でイランのセパハン(Sepahan)を降した浦和レッドダイヤモンズ(Urawa Red Diamonds)が日本のチームとして初優勝を果たすなど同大会は活性化した大会となった。
また2007-08シーズン前にはマンチェスター・ユナイテッド(Manchester United)をはじめリバプール(Liverpool)やポーツマス(Portsmouth)やフラム(Fulham)やボルトン・ワンダラーズ(Bolton Wanderers)などがアジアを訪問しイングランド・プレミアリーグのファンは2007年もそのプレーに魅了された。
2008年に開催される北京五輪への出場権は、開催国の中国に加え、予選を突破したオーストラリアと日本と韓国が獲得した。
しかし、ベトナム人とマレーシア人審判員が試合を不正に操作し投獄されるなどで再び腐敗が浮かび上がった。
■イラクがアジアカップを制す
2007年が振り返られるとすると、アジアカップ決勝でアジアサッカーの重鎮であるサウジアラビアを予想に反して破ったイラクがまず思い出されるだろう。戦争によって荒廃したイラクに歓喜をもたらした優勝は、ばらばらに分かれたコミュニティを祝福の瞬間に繋ぎ合わせた。3位には韓国、4位には日本が入り、上位3チームが2011年にカタールで開催される第15回アジアカップ(AFC Asian Cup 2011)の本大会への出場権を獲得した。同大会のテレビ視聴者数は最高となったが、開催国のマレーシアをはじめインドネシアやタイやベトナムの4か国からは違った反応が起こった。いくつかのスタジアムでは満員の観客が見受けられたが、その他のスタジアムでは空席が多く目立った。また、初の複数国開催には移動についての問題が多く付きまとった。
■欧州リーグでのアジア選手の活躍
タクシン・シナワット(Thaksin Shinawatra)前タイ首相に買収されたマンチェスター・シティ(Manchester City)は、タイのチョンブリーFC(Chonburi FC)からスレー・スハ(Suree Sukha)とKietprawut Sai-aeo、Muangthong-Nongchok United FCからテーラシル・ダンダ(Theerasil Daengda)を獲得した。セルティックに所属する日本の中村俊輔(Shunsuke Nakamura)がスコットランド・プレミアリーグのMVPに選出されるなどしたが、世界のトップリーグでのアジア選手の活躍は少数に留まった。特に韓国人選手は徐々にその姿を消していった。マンチェスター・ユナイテッドのパク・チソン(Park Ji-Sung)は怪我に悩まされ、フラムのソル・ギヒョン(Seol Ki Hyeon)は出場機会に恵まれず、ミドルスブラ(Middlesbrough FC)のイ・ドングク(Dong Gook Lee)はもがき苦しんでいた。
■アル・カータニがアジア最優秀選手に
イラクのユニス・マフムード(Younis Mahmoud)が受賞に相応しいと見られていたが、アジア・サッカー連盟(Asian Football Confederation、AFC)の年間最優秀選手にはサウジアラビアのヤッセル・アル・カータニ(Yasser Al Qahtani)が選出された。しかし、AFC年間最優秀代表チーム(National team of the year)にはイラクが選ばれ、同クラブチーム(Club of the year)には浦和レッズが輝いた。
■変化が見られなかったアジア各国のリーグ
中国スーパーリーグ(Chinese Super League)では長春亜泰(Changchun Yatai)が、また日本のJリーグでは鹿島アントラーズ(Kashima Antlers)が、そして韓国Kリーグでは浦項スティーラース(Pohang Steelers)がそれぞれ国内リーグを制しているが、それも数少ない変化だった。少数のリーグは信頼を得ているが、他のリーグには変化が見られなかった。
■再び浮かび上がった腐敗
常に疑いを持たれていた中国はそれまでの行為を一掃したにも関わらず、腐敗が再び明らかになった。ベトナムでは元ベトナムU-23代表副キャプテンのレ・クオク・ブオン(Le Quoc Vuong)受刑者が、2005年の東南アジア競技大会(SEA Games)において賭けの対象となっていたミャンマー戦で賭博シンジケートからの現金の見返りに不正を行ったとして4年の懲役が科せられた、また別の事件として2004-2005シーズンのベトナムリーグでは9人の審判と職員による試合での不正操作が発覚し、有罪判決で最高7年の懲役が下された。
また元マレーシア代表監督で試合の不正操作を行い贈賄の罪に問われたChow Kwai Lam受刑者は3万3112ドル(約390万円)の罰金刑を受け、更にはサッカーとの関係は無いが政治汚職でインドネシアサッカー協会(Persatuan Sepak bola Seluruh Indonesia、PSSI)の会長を務めていたヌルディン・ハリッド(Nurdin Halid)受刑者は有罪判決を受けのちに投獄されている。(c)AFP/Martin Parry