「アラブの春」以降の中東諸国、成熟途上の政治風土が混乱招く
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【9月1日 AFP】エジプトの流血の事態、シリアの内戦、チュニジアの政治的行き詰まり──アラブの春が混乱をもたらしたのは、この地域の新たな政治的階層が成熟していないためだと、専門家たちは指摘している。
2011年の民衆蜂起によってエジプト、リビア、チュニジアを長きにわたって支配した独裁者が一掃されたとき、スムーズに政権を移行して新しいスタートを切ることへの期待が高まった。
しかしエジプトとチュニジアにおける今年の暴力やシリアの内戦は、アラブ世界がいまだにしばしば死者を出すような政治的混乱にむしばまれていることを示した。
英シンクタンク・国際戦略研究所(International Institute for Strategic Studies、IISS)の中東専門家、エミール・ハケーム(Emile Hokayem)氏は、「アラブ諸国は大きく荒れる変化の時代に入ろうとしている。国内の暴力、二極化、地域内の争いが激化するだろう」と述べる。
エジプトでは、カイロ(Cairo)市内でイスラム主義のデモ隊のキャンプ2か所を治安部隊が強制排除した8月14日以降、900人近くが殺されている。その大部分が、イスラム主義組織「ムスリム同胞団(Muslim Brotherhood)」出身で軍に大統領職を解任されたムハンマド・モルシ(Mohamed Morsi)前大統領の支持者だ。
さらに19日にはシナイ(Sinai)半島で、イスラム武装勢力によるとみられる攻撃で治安部隊に25人の死者が出た。
■「エジプトは壁に突き当たる」
仏パリ政治学院(Sciences-Po)のアラブ世界の専門家、ソフィー・ポミエ(Sophie Pommier)氏は、ホスニ・ムバラク(Hosni Mubarak)元大統領を失脚させた2011年の民衆蜂起の成果、特にイスラム勢力が政界入りした複数政党制とエジプト初の民主的な選挙は、今回の危機でほとんど失われたと指摘し、「エジプトは壁に突き当たるだろう。当事者らは政治的な妥協ができない」と語った。
軍のトップで、事実上のエジプトの新指導者であるアブデルファタフ・サイード・シシ(Abdel Fattah Said al-Sisi)第1副首相兼国防相は18日の演説で、エジプトは「テロリスト」の前に「屈しない」と述べ、その2日後にムスリム同胞団の最高指導者ムハンマド・バディア(Mohammed Badie)氏が逮捕された。
「ムスリム同胞団が解散させられれば、メンバーたちは一線を越えるだろう」とポミエ氏は警告。そして「国際社会がイスラム主義への恐れから過ちを繰り返すか、それともこぶしをテーブルにたたきつけ、軍に向かってそうした戦略にはだまされないことを分からせるか、それが大きな問題だ」と付け加えた。
ハケーム氏は、アラブ世界の民衆蜂起によって「この地域における全主要勢力の政治的な未熟さ」が露呈し、それはエジプトのムスリム同胞団の例から明らかだと語る。1年余りのモルシ政権下で同胞団は、本来なら頼りにできたはずの勢力を「疎外」してしまった。
■シリア:緩やかな分裂の恐れも
エジプト危機が解決困難だとすれば、シリアの情勢はさらに悪い。2011年3月に始まったバッシャール・アサド(Bashar al-Assad)大統領に対する抗議行動は本格的な内戦に発展した。
シリア内戦に関する著作があるハケーム氏は、「シリアでは誰も勝利を収めることはできない。アサドは中期的に生き延びる可能性があり、二度と激しく政権に楯突けなくなるまで敵対勢力が弱体化することも期待できる」とコメント。「シリアが公式に分裂するとは考えにくいが、事実上の緩やかな分裂状態は形成されつつある。複数の小勢力が割拠して互いに争う一方、必要に応じて協力や交易をするようになり、統治が及ばない地域もできる」との見解を示した。
英王立国際問題研究所(チャタムハウス、Chatham House)のナディーム・シェハディ(Nadim Shehadi)氏は、「暴力を行使する方法、そして暴力の行使によって西側諸国の政策に影響を与える方法を承知している旧態依然とした体制」のせいで、エジプトの暴力は激化すると予想した。
■話し合いによる解決を見いだしたのはイエメンのみ
リビアも情勢安定化で苦戦を強いられているが、シェアディ氏によると、それは独裁者だった故ムアマル・カダフィ(Moamer Kadhafi)大佐の政権が「全ての制度」を破壊したためだという。
また、チュニジアは今年7月25日に世俗派の野党議員だったモハメド・ブラヒミ(Mohamed Brahmi)氏の暗殺後、イスラム勢力率いる現政権の退陣を野党が要求し続けており、完全な政治的行き詰まりに直面している。野党各党と、連立与党を率いるイスラム勢力「アンナハダ(Ennahda)」は直接・間接問わずさまざまなルートで協議を繰り返しているものの、いずれも妥協する姿勢を見せていない。
民衆蜂起が話し合いによる解決につながったのは、アラブ世界でイエメンのみだ。同国では政治的和解プロセスの一環として、国連(UN)の仲介のもとでできる限り最善の道を進んでいる。しかし9月に終了する予定の国民対話は、特に南部の独立という難しい問題が原因で行き詰まっており、来年2月に予定されている選挙が実施できるかどうかは不透明だ。
ハケーム氏は、「アラブ世界の政治風土が、民主主義の仕組みを受け入れるだけでは不十分だということを理解し、寛容や受容という価値観を容認するのに数十年かかるとは言わないが、数年はかかるだろう」とコメントした。(c)AFP/Acil TABBARA
2011年の民衆蜂起によってエジプト、リビア、チュニジアを長きにわたって支配した独裁者が一掃されたとき、スムーズに政権を移行して新しいスタートを切ることへの期待が高まった。
しかしエジプトとチュニジアにおける今年の暴力やシリアの内戦は、アラブ世界がいまだにしばしば死者を出すような政治的混乱にむしばまれていることを示した。
英シンクタンク・国際戦略研究所(International Institute for Strategic Studies、IISS)の中東専門家、エミール・ハケーム(Emile Hokayem)氏は、「アラブ諸国は大きく荒れる変化の時代に入ろうとしている。国内の暴力、二極化、地域内の争いが激化するだろう」と述べる。
エジプトでは、カイロ(Cairo)市内でイスラム主義のデモ隊のキャンプ2か所を治安部隊が強制排除した8月14日以降、900人近くが殺されている。その大部分が、イスラム主義組織「ムスリム同胞団(Muslim Brotherhood)」出身で軍に大統領職を解任されたムハンマド・モルシ(Mohamed Morsi)前大統領の支持者だ。
さらに19日にはシナイ(Sinai)半島で、イスラム武装勢力によるとみられる攻撃で治安部隊に25人の死者が出た。
■「エジプトは壁に突き当たる」
仏パリ政治学院(Sciences-Po)のアラブ世界の専門家、ソフィー・ポミエ(Sophie Pommier)氏は、ホスニ・ムバラク(Hosni Mubarak)元大統領を失脚させた2011年の民衆蜂起の成果、特にイスラム勢力が政界入りした複数政党制とエジプト初の民主的な選挙は、今回の危機でほとんど失われたと指摘し、「エジプトは壁に突き当たるだろう。当事者らは政治的な妥協ができない」と語った。
軍のトップで、事実上のエジプトの新指導者であるアブデルファタフ・サイード・シシ(Abdel Fattah Said al-Sisi)第1副首相兼国防相は18日の演説で、エジプトは「テロリスト」の前に「屈しない」と述べ、その2日後にムスリム同胞団の最高指導者ムハンマド・バディア(Mohammed Badie)氏が逮捕された。
「ムスリム同胞団が解散させられれば、メンバーたちは一線を越えるだろう」とポミエ氏は警告。そして「国際社会がイスラム主義への恐れから過ちを繰り返すか、それともこぶしをテーブルにたたきつけ、軍に向かってそうした戦略にはだまされないことを分からせるか、それが大きな問題だ」と付け加えた。
ハケーム氏は、アラブ世界の民衆蜂起によって「この地域における全主要勢力の政治的な未熟さ」が露呈し、それはエジプトのムスリム同胞団の例から明らかだと語る。1年余りのモルシ政権下で同胞団は、本来なら頼りにできたはずの勢力を「疎外」してしまった。
■シリア:緩やかな分裂の恐れも
エジプト危機が解決困難だとすれば、シリアの情勢はさらに悪い。2011年3月に始まったバッシャール・アサド(Bashar al-Assad)大統領に対する抗議行動は本格的な内戦に発展した。
シリア内戦に関する著作があるハケーム氏は、「シリアでは誰も勝利を収めることはできない。アサドは中期的に生き延びる可能性があり、二度と激しく政権に楯突けなくなるまで敵対勢力が弱体化することも期待できる」とコメント。「シリアが公式に分裂するとは考えにくいが、事実上の緩やかな分裂状態は形成されつつある。複数の小勢力が割拠して互いに争う一方、必要に応じて協力や交易をするようになり、統治が及ばない地域もできる」との見解を示した。
英王立国際問題研究所(チャタムハウス、Chatham House)のナディーム・シェハディ(Nadim Shehadi)氏は、「暴力を行使する方法、そして暴力の行使によって西側諸国の政策に影響を与える方法を承知している旧態依然とした体制」のせいで、エジプトの暴力は激化すると予想した。
■話し合いによる解決を見いだしたのはイエメンのみ
リビアも情勢安定化で苦戦を強いられているが、シェアディ氏によると、それは独裁者だった故ムアマル・カダフィ(Moamer Kadhafi)大佐の政権が「全ての制度」を破壊したためだという。
また、チュニジアは今年7月25日に世俗派の野党議員だったモハメド・ブラヒミ(Mohamed Brahmi)氏の暗殺後、イスラム勢力率いる現政権の退陣を野党が要求し続けており、完全な政治的行き詰まりに直面している。野党各党と、連立与党を率いるイスラム勢力「アンナハダ(Ennahda)」は直接・間接問わずさまざまなルートで協議を繰り返しているものの、いずれも妥協する姿勢を見せていない。
民衆蜂起が話し合いによる解決につながったのは、アラブ世界でイエメンのみだ。同国では政治的和解プロセスの一環として、国連(UN)の仲介のもとでできる限り最善の道を進んでいる。しかし9月に終了する予定の国民対話は、特に南部の独立という難しい問題が原因で行き詰まっており、来年2月に予定されている選挙が実施できるかどうかは不透明だ。
ハケーム氏は、「アラブ世界の政治風土が、民主主義の仕組みを受け入れるだけでは不十分だということを理解し、寛容や受容という価値観を容認するのに数十年かかるとは言わないが、数年はかかるだろう」とコメントした。(c)AFP/Acil TABBARA