【5月14日 AFP】南米で初めて同性婚を合法化したアルゼンチンの議会がこのほど、公的機関に届け出る性別の選択と、親族による終末期の意志決定を法的権利として認める法案を可決し、話題を呼んでいる。

■性別を選ぶ自己決定権

 アルゼンチン議会が可決した法案の1つは、トランスベスタイト(異性装者)やトランスジェンダーの人が、身分証明書などの法的書類に記入報告する性別を選択できるようにするもの。与党・正義党(ペロン党、PJ)のソニア・エスクデロ(Sonia Escudero)上院議員は、2年前の同性婚合法化に続き「自己決定権と個人の権利が再確認された」と評価した。

 世界銀行(World Bank)の統計によれば、カトリック教徒が圧倒的多数を占めるアルゼンチンのトランベスタイト・コミュニティーは全国で約2万2000人と小規模。寿命も同国平均の75.5歳に比べて、35歳と非常に短い。トランベスタイトたちの多くは低学年で学校を去り正規の教育を受けておらず、9割以上が売春産業に入る。
 
 北部の港町バイア・ブランカ(Bahia Blanca)で学生たちを教える心理学者マリア・エバ・ロッシさん(45)は、今回の合法化を歓迎するトランベスタイトの1人だ。「これからはもう病気だとか、犯罪者扱いされなくて済む。ようやく私たちの権利が認められるようになったのです」

■終末期の患者と家族の権利拡大

 一方、通称「尊厳死法」は人生の終末期にある患者とその家族の決定権を拡大し、延命治療や生命維持措置の拒否を認めた。ただし安楽死処置については明確に禁じている。

「死ぬ権利」を認めるこの法律を支持するセルバ・ヘブロンさんの娘カミラちゃんは、3年前に生まれて以来ずっと昏睡状態にある。脳活動や生命兆候は一切ない。「私たちが望んでいるのは、カミラ本人と家族の安らぎです。今のままでは常に死に直面した状態。これほど辛いことはない」と語る。

■時代反映するペロン党、都市への人口集中も後押し

 しかし、国民4000万人の91%がカトリック信者を自認する歴史的に保守的なアルゼンチンが、こうしたリベラルな施策をどうやって推進して来れたのだろうか。

 現在上下両院で過半数を占める与党・正義党(ペロン党)とその政治運動は、「社会的正義」「経済的自立」「政治的主権」の3つの理念を柱としている。1940年代に社会福祉を導入したのも、逆に90年代に民営化を進めたのも、また現在、国有化を推進しつつ個人の権利を拡大しているのも、全て同じこの正義党だ。

 これについて文学評論家のベアトリス・サルロ(Beatriz Sarlo)氏は、「ペロン主義は政治イデオロギーとして生まれたのではなく、社会運動から生まれた。(だから)その時々の時代を反映する」と説明する。

 一方で、カトリック教会は2003~07年の故ネストル・キルチネル(Nestor Kirchner)前大統領と、その妻で2011年に再選されたクリスティナ・フェルナンデス・デ・キルチネル(Cristina Kirchner)大統領の両政権下で弱体化が進んだ。

 サルロ氏はさらに、人口が都市部に集中している点を指摘する。「フランスやその他の国では世論の根は地方コミュニティーにあるが、アルゼンチンでは都会性が他では不可能な法を可能にしている」

 都市部ではさまざまな人権団体が声をあげやすく、政府の支持も得やすい。2001年の調査によればアルゼンチンの人口は9割が都市部に集中しているが、同性婚の届け出の多くもブエノスアイレスや首都圏に集中しているという。(c)AFP/Indalecio Alvarez