【7月26日 AFP】チュニジアの独裁政権を打倒した民衆蜂起は、1人の果物屋の若者の悲壮な行動が引き金だった。そして今、「革命」後の指導者たちを監視する役割を、フランスパンを手に持つ漫画のヒーローが担っている。

 この新たなヒーローは、前年12月に警官の仕打ちに抗議して自らに火を放ったモハメド・ブアジジ(Mohammed Bouazizi)さん(26)の遺志を継ぐ者でもある。民衆の不満に火をつけたブアジジさんの行動は大きなうねりを起こし、今もなおアラブ世界を席巻している。

 一方、新ヒーローの「キャプテン・ホブサ(アラブ語でパンの意味、Captain Khobza)」は、赤いスーパーマン風のマントをはおり、マスクをつけ、シェシア帽(縁なし帽子)をかぶり、タバコをくわえ、いつもフランスパンを持ち歩いている。

 キャプテン・ホブサの動画は週に数回制作され、米SNSフェイスブック(Facebook)に投稿されるが、そのページはすでに20万ユーザー近いフレンドを獲得している。

■フランスパンの男と、チュニジア国民のつながり

 キャプテン・ホブサ誕生のきっかけは、1月18日に、抗議デモのただ中でAFPカメラマンが撮影した1枚の写真だ。そこには、首都チュニス(Tunis)の路上にたった1人で立ち、フランスパンをマシンガンのように構えて機動隊に立ち向かう男の姿が写っていた。

 キャプテン・ホブサは、見た目はコミカルかもしれない。だが、単なるジョークを超え、彼のフランスパンは、チュニジアの大衆文化や政治風土と深く共鳴している。フランスパンは植民地時代に旧宗主国フランスがもたらした後、チュニジア中、どこでも見かけられるようになった。

 写真が撮影されたのはチュニスの目抜き通り、ハビブ・ブルギバ(Habib Bourguiba)通り。その名称は、1984年に起きた食糧価格高騰をめぐる暴動、通称「パン暴動」で、あと一歩で政権転覆というところまで詰め寄られた元大統領の名前からとられている。

 当時「パン暴動」に対する弾圧を指揮したのが、ジン・アビディン・ベンアリ(Zine El Abidine Ben Ali)氏だった。これによって台頭への弾みをつけたベンアリ氏は、やがてチュニジアの大統領となった。

 1984年に中断された地点から、あの暴動がついに再開した――チュニジア人の多くは、年末から起こった民衆蜂起をそう感じていた。1月に撮影されたフランスパンの男は、それを象徴する写真だった。

 キャプテン・ホブサを生み出した制作者の1人は「この写真を元に、われわれはフェースブック上に架空の人物を作った。チュニジア人がしゃべるように話し、鋭いユーモアのセンスを持つ人物として」と語る。キャプテン・ホブサは動画投稿サイトのユーチューブ(YouTube)でも急速に広がり、他のSNSにも飛び火した。

 しかし、制作者たちは素性を明かすつもりはない。普段は通信業界で働く5人組の制作者集団は、自らを「ベーカー(パン職人)1」「ベーカー2」「ベーカー3」などとだけ呼ぶ。「われわれは仕事を終えて午後5時ごろに集合し、時には朝の3時ごろまで作っている」と、メンバーの1人は語る。

■新生チュニジアの「自由」の象徴になるか?

 キャプテン・ホブサの辛辣(しんらつ)なウィットは、これまで半世紀にわたって政府に統制されてきたチュニジアのジャーナリズムに変革をもたらすことができるだろうか?

「物事が少しでも、自発的に動き出すように頑張ってる。けれどメディアが本当に変わるためには、長い年月がかかるだろうね」と、ベーカー1は語る。

 しかし、ベーカー1は、前年12月以降のチュニジアの変革が頓挫することはない、と感じている。新たな自由の風に不安を覚えている政治勢力もあるが、彼らも新生チュニジアの現実として受け入れつつあるように見えるという。

 ベンアリ政権下で禁止されていたイスラム運動「アンナハダ(Ennahda)」のラシド・ガンヌーシ(Rached Ghannouchi)氏をキャプテン・ホブサが風刺した際には、ナフダの支持者から怒りの声が上がった。「だが、われわれのファンが、うまく収めてくれた」

 キャプテン・ホブサは一躍ブームとなり、制作規模を拡大してテレビのレギュラー番組にする計画さえ持ち上がっている。一方、アラブの人々が最もテレビを見る期間でもあるイスラム教の断食月「ラマダン(Ramadan)」の8月に、制作済みの15エピソードをテレビ放映する計画もある。

 ベーカー1は「まだ契約には至ってないが、チュニジアを含め、アラブのテレビ局から複数のオファーが来ている」と語り、契約については完全な透明性を約束した。「数字は全部公表するよ。われわれはエピソードを販売してるだけであって、(キャプテン・ホブサの)コンセプトを売っているのではない、という点が重要だ。キャプテン・ホブサの所有権は、チュニジア人全員のものだからね」(c)AFP/Mohamed Haddad