【3月6日 AFP】56年前に西太平洋のマーシャル諸島(Marshall Islands)で水爆実験を行った米国は、現在別の島で暮らしている核実験被害者に、当時暮らしていた島に戻るよう要求している。しかし、被害者の間には不安の声が強い。

 1954年3月1日、米国はビキニ環礁(Bikini Atoll)で近隣諸島の住民になんの警告もしないまま、水爆「ブラボー(Bravo、15メガトン)」の爆発実験を行った。風下に位置していたロンゲラップ(Rongelap)環礁などの島々に放射性降下物が降り注ぎ、多くの住民におう吐、やけど、髪の毛の脱落といった高レベル被ばくの典型的な症状が出た。ブラボーの爆発から48時間以内に住民は避難したが、甲状腺の腫瘍やがんを発症する患者や、死産や先天性の病気がある子どもの出産が相次いだ。3月1日はマーシャル諸島共和国の「核の犠牲者の日」として休日になっている。

 住民は3年後にロンゲラップに戻ったが、1985年に再びロンゲラップを離れ、現在はロンゲラップから250キロ南のクワジェリン(Kwajalein)環礁で暮らしている。そして今、米政府は今、約400人の元住民に2011年10月までにロンゲラップに再定住しなけれれば資金援助を停止すると圧力をかけている。

 元住民としても海に浮かぶサンゴ礁のネックレスのような故郷に戻りたいのはやまやまだが、放射能汚染は終わっていないとして不安の声が強い。

■「核被害者が死んでいなくなってしまうことを望んでいるのか?」

 核実験被害者団体「エラブ(ERUB)」のレメヨ・アボン(Lemeyo Abon)会長(70)も不安を口にする1人だ。「いまはロンゲラップに戻りたくない。いま戻れば死んでしまうだろう。米国は被害者が死んで1人もいなくなってしまうことを望んでいるのか?」

 エラブは、水爆実験の影響を受けたエニウェトク(Enewetak)、ロンゲラップ(Rongelap)、ウトリック(Utrik)、ビキニ(Bikini)の4つの環礁の頭文字を組み合わせたもので、「破壊された」という意味のマーシャル語の単語でもある。

 米政府はこの10年間に4500万ドル(約40億円)をかけて、ロンゲラップに発電所や海水の淡水化施設の建設、道路の舗装、計画中の再定住者向け住宅50棟のうち9棟の建設などに費やしてきた。科学者の助言に従って住宅や施設の建設地では表面から40センチの深さまで土壌を取り除き、破砕したサンゴと入れ替えた。また作物が根から放射性のセシウム137を吸収しないよう、農地にはカリ肥料が散布された。米国は除染作業に膨大な予算を費やしてきたため、米議会指導部はロンゲラップへの再定住を促進し、クワジェリンの一時居住地を閉鎖したいと考えている。

 ブラボーの放射性降下物が降りそそいだときに母親がロンゲラップにいたジェームズ・マタヨシ(James Matayoshi)ロンゲラップ市長は再定住計画に疑問を投げかけ、再定住を成功させるには米国が安全対策を一層強化し、ロンゲラップの住民が納得することが必要だと語る。

 かつてロンゲラップ環礁にある約60の島のうちいくつかで食糧が生産されていたが、除染作業は本島に限定された。エラブのアボン氏は、人口は大幅に増えているため、ごく一部しか除染されていない現状では再定住など不可能だと指摘する。食糧などを運ぶ政府の船も3~4か月に1度しか来ないため、悪天候などで船が遅れれば地元産の食品を食べざるを得なくなることも懸念している。

「見えないし、においもしないし、味もしないが、ここには毒が確実に存在しているんです」 (c)AFP/Giff Johnson