佐藤首相、「日中戦争なら核で報復を」 外交文書で明らかに
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【12月22日 AFP】外務省が22日付で公開した外交文書で、佐藤栄作(Eisaku Sato)首相(当時)が1965年、米国に対し、日本が中国と戦争になった場合には、中国に核で報復するよう求めていたことが明らかになった。
公開された外交文書によると、佐藤首相は1965年に米ワシントンD.C.(Washington D.C.)で行われたロバート・マクナマラ(Robert McNamara)国務長官(当時)との会談で、日中間で戦争が起きた場合は「米国が核兵器を使って、ただちに報復することを期待している」と語ったという。
この問題に関し、河村建夫(Takeo Kawamura)官房長官は22日の記者会見で、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という佐藤首相の非核三原則は「確固不動の政策」だと強調するとともに、「米国もこれを理解している」と語った。
佐藤首相は、非核三原則などが評価され、1974年にノーベル平和賞を受賞している。(c)AFP
公開された外交文書によると、佐藤首相は1965年に米ワシントンD.C.(Washington D.C.)で行われたロバート・マクナマラ(Robert McNamara)国務長官(当時)との会談で、日中間で戦争が起きた場合は「米国が核兵器を使って、ただちに報復することを期待している」と語ったという。
この問題に関し、河村建夫(Takeo Kawamura)官房長官は22日の記者会見で、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という佐藤首相の非核三原則は「確固不動の政策」だと強調するとともに、「米国もこれを理解している」と語った。
佐藤首相は、非核三原則などが評価され、1974年にノーベル平和賞を受賞している。(c)AFP