【3月1日 AFP】一面の雪原に赤い夕日が沈むころ、スノーモービルでトナカイの皮でできた伝統的なテントにたどり着いた2人の選挙管理委員をGrigory Vylkaさん(60)が出迎えた。

 投票箱を持った委員2人に向かい、Vylkaさんは「技術に強い大統領が必要だ」と語る。

 3月2日に行われるロシアの大統領選は「出来レース」との批判もある。しかし、ロシア全土の有権者が投票できるようにするために相当の努力が払われているのは確かなようだ。Vylkaさんと3人の仲間は本来の投票日に先立って投票を行う。このような広い国土では、やむを得ないことだという。

 北極圏の厳しい気候の中、周囲30キロの範囲には彼らネネツ族(Nenets)以外に生活する人はいない。

 偏向した報道や論議を巻き起こした選挙ルールなどで多くの対抗馬が除外され、選挙はゆがめられてしまった。事実上、ドミトリー・メドベージェフ(Dmitry Medvedev) 第1副首相の当選は確実だ。

 しかしここでは、そのような議論は遠い世界のもののように感じられる。

 MaximさんとAlexeiさんの2人の選挙管理委員は、150キロ離れたNelmin Nosから「移動投票箱」を運んできた。Nelmin Nos自体、モスクワ(Moscow)から北東に1500キロも離れたところにある。

 Vylkaさんは、その日の朝、ラジオで演説を聞いたロシア共産党のゲンナジー・ジュガーノフ(Gennady Zyuganov)委員長に投票したことを明かした。

 トナカイを中心とした生活を送るネネツ族にとって、ラジオはこの地域と、彼らが「グレートランド(Great Land)」と呼ぶロシアのほかの地域をつなぐ数少ない手段の一つだ。ここでの実用的な交通手段はヘリコプターかスノーモービルしかない。「ツンドラには技術が必要だ」とVylkaさんは語る。

 帰宅する前に130キロの範囲をこなさなければならないMaximさんとAlexeiさんは急いで立ち去った。彼らの1日は11時間前、まだ夜が明ける前に始まった。スノーモービルにつけたそりには食料、ガソリン、投票箱が積まれている。

 でこぼこした雪道の移動は大変だ。飛び上がったり揺さぶられたりしてはあざができる。時折ウオッカとトナカイのソーセージで栄養をつける。道しるべといえばトナカイだけで、彼らの後についていく。トナカイがいなければその足跡をたどるという。 「トナカイの足跡が見つけられればね」とMaximさん。彼はサンクトペテルブルク(St. Petersburg)で石油とガスについて学んだ後、故郷に戻って選挙委員会で働く23歳の青年だ。

 Nelmin Nosから90キロ離れたトナカイ農場に到着した2人は、木造の宿泊施設に投票箱を設置した。投票に訪れる地元の人たちの中には、トナカイの生肉を食べたために手が血で汚れている人もいる。

 投票に来たStepan Vyuzhevskyさん(45)は実年齢より20歳は老けて見える。過酷な生活だけでなく、その日の朝に飲んだ大量のウオッカも原因のようだ。誰が立候補しているかは知っているが、全員の名前は挙げられないという。メドベージェフ氏は「1度新聞で見たことがある」という。

 近くにはテレビとバッグいっぱいのビデオテープがある。トナカイ飼いの唯一の娯楽だ。テレビ放送も約束されている。Vyuzhevskyさんはテレビ放送が始まったら「誰が未来の大統領になるか分かるだろう」と、にやりと笑った。

 午後10時、300キロを旅して12枚の投票用紙を回収したMaximさんとAlexeiさんは、家が恋しくてたまらなかった。2人は星を頼りに帰路についた。

 投票前から結果が分かりきっているのに、12枚の投票用紙を集めるこの旅に価値はあるのか。

 こう訊ねると Maximさんは肩をすくめ、満足げな笑顔を見せた。(c)AFP