【北京/中国 14日 AFP】まもなく没後10周年を迎える今もなお、かつての指導者、鄧小平(Deng Xiaoping)氏は、「眠れる巨人」中国を真に目覚めさせた人物として静かに崇拝されている。政治闘争で最終的に勝ち残った鄧小平氏は、追放と復帰を繰り返したジェットコースターのような70年の人生で、広範囲にわたる改革を実施し、中国を再び国際社会の舞台へと押し上げた。

 鄧小平氏は1904年に四川省(Sichuan)の裕福な農家に生まれた。1920年に16歳でフランスへ留学。そこでマルクス主義に触れ、1924年にパリで中国共産党に入党。1927年に中国へ帰国し、蒋介石(Chiang Kai-shek)氏率いる国民党政府との内戦の中で、紅軍を指揮。

 1949年に共産党が勝利すると、故郷の西南地域の監督に当たる。1952年には北京に移転し、そこで昇進を続け1956年には中央委員会総書記に任命される。

 だが1966年から76年にわたり毛沢東氏が行った文化大革命の間に、自由市場を擁護したとして地方部に追放され、そこで下級労働者として労働を強いられる。1974年には一度復活するが、毛沢東夫人の江青(Jiang Qing)が率いる「4人組」の扇動で、再び失脚する。

 1976年に毛沢東が死去し、「4人組」が失脚すると、鄧小平は復帰を果たし、次第に影響力を高めてゆく。正式な役職名がないにもかかわらず、鄧小平氏は年齢と革命経験者としての影響力を利用して、次第に中国を改革開放路線へと転換させてゆく。ただし開放路線は経済面にとどまり、政治面では1980年代後半に改革志向のの胡燿邦(Hu Yaobang)氏や趙 紫陽(Zhao Ziyang)氏らを失脚させ、1989年には天安門事件で武力弾圧に踏み切った。

 だがその後は経済特区設立に着手。中国経済は復興に踏み出した。
1997年2月19日、鄧小平氏は中国経済の活況という遺産を残してこの世を去った。享年92歳。

 写真は1月23日、四川省広安(Guangan)で催されている鄧小平の没後10周年追悼展示会。(c)AFP/LIU Jin