【6月4日 AFP】温めたミルクにバニラ、アラビアガムやピスタチオの鼻をくすぐる香り。木製の棒が、ステンレス製の大きな容器の中で材料をつくリズミカルな音。ガラスの容器とスプーンが触れる音に、陽気な話し声──。戦火に揺れる世界最古の首都、シリア・ダマスカス(Damascus)にあるアラブ・アイスクリームの老舗バクダシュ(Bakdash)の店内には、こういった光景や香り、音が広がっている。

 このアラブ・アイスクリームは、ヨルダンの首都アンマン(Amman)でも人々の食欲を誘っているが、戦火を逃れるために祖国を離れ、今は故郷の味に思いを寄せるシリア人たちにとって、このデザートが呼び起こす記憶は、涙を誘うものでもある。

 彼らが思いを寄せるのは、バクダシュで売られる「ブーザ」。中東独特のアイスクリームで、タフィーのように粘り気が強い。この独特な味と食感を生み出しているのは、ラン科植物の塊茎を原料とする粉末「サレップ」だ。

 ダマスカスのハミディーエ(Al-Hamidiyeh)市場に1895年に創業したバクダシュは、世界で最も古くからアラブ・アイスクリームを販売してきた店の1つとされている。同国でこれまでに9万4000人の死者を出している内戦の中でも、順調な経営を続け、今月には、アンマンのマディナ・ムナワラ通り(Madina Munawwara Street)にフランチャイズ店をオープンさせた。

 この店の経営を任されているヨルダン人のジャノブさん(25)によれば、客の6~7割は内戦で故郷を追われヨルダンに移り住んだシリア人だ。店に入るなり涙ぐむ年配の女性客を何人も見てきたという。

 ジャノブさんの傍らでは頭にバンダナを巻いた2人の若者が、ブーザに柔らかさと粘り気を出すため、巨大なきねのような長い木製の棒で、容器の底をついている。容器から出されたブーザは、まるでピザ生地かチューイングガムのようだ。

 店で働くムハンマドさん(24)は、数週間前にダマスカスの本店からこの店に配属された。「(ダマスカスの)状況はますます悪化している。ここにいるとまるで故郷にいる気分だけど、ダマスカスとは違う。(客は)ここはダマスカスの香りがすると言うけど、故郷に戻りたいと皆が思っているよ」

 ブーザをつく作業はアンマンで行われ、ピスタチオなどのトッピングを加えて客に提供されるが、アイスクリームそのものは「本場の味を守るため」に今でもダマスカスの本店で製造され、毎日冷凍車で配達される。だが、ダマスカスからアンマンに南下する170キロメートルの道のりでは、爆撃によって破壊された地域やその他の障害を避ける必要があり、常に危険と隣り合わせだ。「FSAFree Syrian Army、自由シリア軍)に出くわすときもあるし、(政府)軍のときも、犯罪者集団のときもある」(ジャノブさん)

 アンマンの店では、本店から配属された2人の他、シリアからの難民や、兵役を免れるために逃げてきた若者らが働いている。シリア中西部ホムス(Homs)の出身だというカリムさん(仮名)は、政府軍の兵士として戦いたくなかったため、兵役が課される19歳になった7月に故郷を離れた。「両親はまだあそこにいます。いとこ3人は僕の目の前で殺されました」

 カリムさんは、同じ年頃のシリア人の若者たちの多くと似た物語を語る。「24歳の兄は、兄弟のどちらかが家を出て戦闘に加わることになると言いました。そして兄は行き、僕はここにいます」

 アンマンのマディナ・ムナワラ通りは今、シリアの小売店やレストランが軒をつらねる「リトル・シリア」のような雰囲気を作り出している。しかし、多くの人たちの心にある思いはただひとつ、「政権が崩壊したら、すぐにシリアに戻る」だ。(c)AFP/Rana El Moussaoui