【6月2日 AFP】自国文化を強力に保護してきたフランスで論争を呼んでいる、大学で英語による授業を増やそうという法案の審議が始まった。

 下院で5月22日に審議が始まったこの法案は広範囲にわたる高等教育改革の一環。英語以外の外国語による講義も導入して、フランスの大学の留学生率を現在の12%から2020年には15%に増やすことを目指している。

 フランス語の保護にかけてきた長年の努力が水泡に帰すという批判がある一方で、フランスも不況に突入しつつあり、国外で働くことを考える人も多い今、フランスの若者も英語を使えたほうが良いという賛成派もいる。左派系日刊紙リベラシオン(Liberation)は5月21日の1面に英語で「Teaching in English -- Let's do it(英語で教える──レッツ・ドゥ・イット)」との見出しを掲げ、「包囲されたガリア人の最後の村の代議員」のように振る舞うことは止めるべきだと論じた。

 外国各紙も多少の皮肉を織り交ぜながら、この議論に割って入っている。英紙デーリー・テレグラフ(Daily Telegraph)の5月22日の論説は、フランス語と英語をいいかげんに混ぜた表現で「モシモ授業でアングレ(英語)が許可サレレバ、フランセ(フランス語)は『死語』にナッテシマウデショウ、お偉方のミナサン、サクレ·ブルー!」とからかった。

 ジュヌヴィエーヴ・フィオラゾ(Genevieve Fioraso)高等教育・研究相は、エリートを養成するフランスの高等機関グランゼコールの各校ではすでに広く英語やその他の言語を使用している点を指摘し、この議論は「あきれるほど偽善的」だと憤っている。フィオラゾ氏は、フランスにおける教育は一部例外を除きフランス語だけで行うと定めた1994年のいわゆる「ツーボン法(Toubon Law)」は、グランゼコールではしばしば破られているが、そのことに何の異論も生じていないと述べ、下院での審議の冒頭、「(新法案によって)教育の媒体としてフランス語が最も重要であることや、フランス語圏を守ることが損なわれることは決してない。知識や研究への投資は経済危機と戦う上で私たちの最良の武器なのだ」と口火を切った。

■フランス語 「すでに周縁へ追いやられている」

 しかし教育界の主要労働組合は、法案は受け入れられるものではないと反対している。審議開始に合わせて議会近くでは、抗議する数百人の教師たちが街頭デモを行った。全国高等教育組合・統一労働組合連合(Snesup-FSU)幹部のクロディーヌ・カハン(Claudine Kahane)氏は今月初め「危機にさらされているのは文化遺産だ」と訴えた。フランス語の保存と純化を目的とし、大きな影響力を持つ国立学術団体アカデミー・フランセーズ(Académie française、1635年創設)も法案に反対している。

 フランス文化圏で尊敬を集めているジャーナリストのベルナール・ピヴォ(Bernard Pivot)氏は、人々が誇らしげに「モリエール(Molière、17世紀の仏劇作家)の言葉」と呼ぶフランス語にとって、この法案は弔いの鐘になりかねないと危機感をあらわにしている。「わが国の大学に英語の導入を許し、(英語で)科学や現代世界を教えれば、フランス語は破壊され、貧しいものになってしまうだろう。フランス語がありきたりな言語か、あるいは最悪の場合は死語になってしまうかもしれない」

 フランスは文化機関やフランス語圏諸国を通じ、数十年間にわたって国内外で熱心にフランス語の使用を広めてきた。それにもかかわらず、英語は急速にフランス社会を侵食している。若者の多くは電話口で「アロー」や「ウィ」の代わりに、元気に「イエス」と言っている。パリ(Paris)市街の落書きにも英語は増え、話すときに英単語を混ぜる「フラングレ」(仏英語の意の造語)も定着しつつある。

 5月22日に発表された世論調査では、フランスの科学者の大多数が現在、研究や教育を英語で行っているとの結果が出た。2007~09年の間に研究機関の所長約2000人、研究者約9000人を対象に調査を行ったフランソワ・エラン(François Héran)氏は「現在交わされている議論は現実をまったく考慮していない」と批判する。「現実には、フランス語は国際的な科学の全域ですでに周縁へ追いやられている」(c)AFP/Marianne Barriaux