高齢トランスジェンダーのための養護施設、インドネシア
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【2月27日 AFP】インドネシアの首都ジャカルタ(Jakarta)、土ぼこりが舞う郊外に延びる狭い未舗装道路に面したピンク色の家に、高齢の女性たち十人ほどが集って縫い物をし、パンを焼き、おしゃべりを楽しんでいる。一見すると「親切なおばあちゃんたちの集い」のようだが、何人かの顔に見ることができるこけた頬や深いしわは、これまでの苦難を物語っている。
この女性たちは全員「ワリア」だ。ワリアとはインドネシア語の「女性(ワニタ)」と「男性(プリア)」を合わせた造語で、トランスジェンダーの人々を意味する。とりわけ自分は女性だと感じている男性を指すことが多いが、性別適合手術やホルモン療法を行ったか否かにかかわらず広範な性自認(ジェンダーアイデンティティー)を表すために用いられる。
高齢ワリアためのホームは昨年11月に開設した。権利運動の活動家らからは、インドネシア初のトランスジェンダーのための老人養護施設として賞賛されている。
トランスジェンダーの人々に関するインドネシア政府の公式見解は2年前まで「精神疾患」だった。だが、こうした人々の容認へと向かう新たな動きの一環として、政府は来る3月から、同施設への基礎栄養プログラムの提供や、ジャカルタに住む200人のトランスジェンダーを対象に仕事の元手資金を提供する支援を開始する。
それでも、施設を支えるために必要な資金の大半を捻出することになるのは、創設者のユリアヌス・レットブラウト(Yulianus Rettoblaut)さん(51)だ。著名なワリアの運動家で、世間では「マミ・ユリ(Mami Yuli)」の名で知られている。マミ・ユリさんは昨年、自宅を改装してこの施設を作った。「私たちが力を入れているのは高齢ワリアの問題です。NGO(非政府組織)が通常注目するのは、若いワリアだからです」
マミ・ユリさんが行動を起こしたのは、年をとった仲間のワリアの多くが路上生活や病気、失業といった悲惨な状況に追い込まれて暮らす現状を目にしてからだ。トークショーのホストや司会者として脚光を浴びるワリアもいるが、それはほんの一握りで、インドネシアのワリアのほとんどは家族の老後を世話するはずの親戚から見放されている。「みんな暮らしが本当に大変で、多くの人が貧困ライン以下で生活している。橋の下で寝るしかない場合も多いです」
マミ・ユリさんのホームも資金難を極めているが、裁縫やパン作り、整髪術を学ぶ無職の入居者には1日3食を提供するよう努めている。ホームの状況は理想にはほど遠い。ここに暮らす12人のワリアは、狭く急な階段を上った寝室に敷き詰められた古いマットレスの上で眠っている。運営に必要な1日35万ルピア(約3300円)の資金を捻出できないときには、入居者がマミ・ユリさん率いる大道芸一座となって歌い、踊って資金を稼ぐ。入居者は高齢だが、可能ならば食いぶちを自ら稼ぐことが望まれている。
敬虔なカトリックでもあるマミ・ユリさんいわく、ジャカルタにある教会のうち70か所がこのホームを支援し、洪水のときには避難場所を提供してくれるが、金銭を寄付してくれる教会は4つだけだ。
先には大きな困難が立ちはだかっているものの、いつの日か十分な資金が調達できるか、政府の支援を確保することができたら、ホームを隣の敷地まで拡大し、ジャカルタに住む高齢のワリア800人全員が入居できるようにしたいと、マミ・ユリさんは願っている。
■嫌がらせや脅迫の標的になるワリア
「男性の性的健康に関するアジア太平洋連合(Asia Pacific Coalition on Male Sexual Health)」の報告では、インドネシア国民2億4000万人のうちトランスジェンダーは3万5000人と推計されているが、実際はこれをずっと上回ると運動家たちはみている。同国の中にはワリアを神聖な存在だとみなす民族もおり、社会的受容が進んでいる兆しもあるものの、多くのワリアはいまだ嫌がらせや脅しの標的にされている。
また差別があるために多くのワリアが性風俗産業に向かわざるを得ず、HIV感染率の増加を煽っている。同国保健省の統計によると、ジャカルタのトランスジェンダーのHIV感染率は、1997~2007年の10年間で6%から34%にまで上昇している。インドネシアでは売春は違法で、イスラム教の聖職者たちも「ハラム」(禁忌)にあたると説いているが、実際にはカラオケバーや街頭の暗がりに売春ははびこっている。
そういった場所では、避妊用ピルに含まれるホルモンやシリコン注入で大きくした胸を強調する服を着たワリアたちを見ることができる。性別適合手術を受けた者もいるが、手術費を捻出できるワリアは少ない。性別適合手術は1970年代から受けることができるようになったが、公的医療制度の下では提供されていない。
マミ・ユリさんもかつて、17年間にわたり売春婦として働いていた。だがその後、人生を180度変え、46歳の時に、ワリアを公言しながらイスラム系大学で法律の学位を取得した初の人物となった。
最も声高にワリアに敵対しているのは、イスラム強硬派「イスラム防衛者戦線(Islamic Defenders Front、FPI)」で、「インドネシアのイスラム教的価値観を脅かす」として、12月に行われる予定だった「ミス・ワリア」など、トランスジェンダー関連のイベントの幾つかを暴力や脅迫を使って取りやめさせてきた。
しかし、社会の隅に追いやられているトランスジェンダーの人々にとって、少し明るい未来を予感させる兆しが見えている。ジョクジャカルタ(Yogyakarta)には2008年、トランスジェンダーの人々が祈り、コーランを学ぶための初のイスラム学校が開校した。そしてマミ・ユリさんの高齢ワリアのための施設もまた、一つの勝利とみなされている。(c)AFP/Kevin Ponniah
この女性たちは全員「ワリア」だ。ワリアとはインドネシア語の「女性(ワニタ)」と「男性(プリア)」を合わせた造語で、トランスジェンダーの人々を意味する。とりわけ自分は女性だと感じている男性を指すことが多いが、性別適合手術やホルモン療法を行ったか否かにかかわらず広範な性自認(ジェンダーアイデンティティー)を表すために用いられる。
高齢ワリアためのホームは昨年11月に開設した。権利運動の活動家らからは、インドネシア初のトランスジェンダーのための老人養護施設として賞賛されている。
トランスジェンダーの人々に関するインドネシア政府の公式見解は2年前まで「精神疾患」だった。だが、こうした人々の容認へと向かう新たな動きの一環として、政府は来る3月から、同施設への基礎栄養プログラムの提供や、ジャカルタに住む200人のトランスジェンダーを対象に仕事の元手資金を提供する支援を開始する。
それでも、施設を支えるために必要な資金の大半を捻出することになるのは、創設者のユリアヌス・レットブラウト(Yulianus Rettoblaut)さん(51)だ。著名なワリアの運動家で、世間では「マミ・ユリ(Mami Yuli)」の名で知られている。マミ・ユリさんは昨年、自宅を改装してこの施設を作った。「私たちが力を入れているのは高齢ワリアの問題です。NGO(非政府組織)が通常注目するのは、若いワリアだからです」
マミ・ユリさんが行動を起こしたのは、年をとった仲間のワリアの多くが路上生活や病気、失業といった悲惨な状況に追い込まれて暮らす現状を目にしてからだ。トークショーのホストや司会者として脚光を浴びるワリアもいるが、それはほんの一握りで、インドネシアのワリアのほとんどは家族の老後を世話するはずの親戚から見放されている。「みんな暮らしが本当に大変で、多くの人が貧困ライン以下で生活している。橋の下で寝るしかない場合も多いです」
マミ・ユリさんのホームも資金難を極めているが、裁縫やパン作り、整髪術を学ぶ無職の入居者には1日3食を提供するよう努めている。ホームの状況は理想にはほど遠い。ここに暮らす12人のワリアは、狭く急な階段を上った寝室に敷き詰められた古いマットレスの上で眠っている。運営に必要な1日35万ルピア(約3300円)の資金を捻出できないときには、入居者がマミ・ユリさん率いる大道芸一座となって歌い、踊って資金を稼ぐ。入居者は高齢だが、可能ならば食いぶちを自ら稼ぐことが望まれている。
敬虔なカトリックでもあるマミ・ユリさんいわく、ジャカルタにある教会のうち70か所がこのホームを支援し、洪水のときには避難場所を提供してくれるが、金銭を寄付してくれる教会は4つだけだ。
先には大きな困難が立ちはだかっているものの、いつの日か十分な資金が調達できるか、政府の支援を確保することができたら、ホームを隣の敷地まで拡大し、ジャカルタに住む高齢のワリア800人全員が入居できるようにしたいと、マミ・ユリさんは願っている。
■嫌がらせや脅迫の標的になるワリア
「男性の性的健康に関するアジア太平洋連合(Asia Pacific Coalition on Male Sexual Health)」の報告では、インドネシア国民2億4000万人のうちトランスジェンダーは3万5000人と推計されているが、実際はこれをずっと上回ると運動家たちはみている。同国の中にはワリアを神聖な存在だとみなす民族もおり、社会的受容が進んでいる兆しもあるものの、多くのワリアはいまだ嫌がらせや脅しの標的にされている。
また差別があるために多くのワリアが性風俗産業に向かわざるを得ず、HIV感染率の増加を煽っている。同国保健省の統計によると、ジャカルタのトランスジェンダーのHIV感染率は、1997~2007年の10年間で6%から34%にまで上昇している。インドネシアでは売春は違法で、イスラム教の聖職者たちも「ハラム」(禁忌)にあたると説いているが、実際にはカラオケバーや街頭の暗がりに売春ははびこっている。
そういった場所では、避妊用ピルに含まれるホルモンやシリコン注入で大きくした胸を強調する服を着たワリアたちを見ることができる。性別適合手術を受けた者もいるが、手術費を捻出できるワリアは少ない。性別適合手術は1970年代から受けることができるようになったが、公的医療制度の下では提供されていない。
マミ・ユリさんもかつて、17年間にわたり売春婦として働いていた。だがその後、人生を180度変え、46歳の時に、ワリアを公言しながらイスラム系大学で法律の学位を取得した初の人物となった。
最も声高にワリアに敵対しているのは、イスラム強硬派「イスラム防衛者戦線(Islamic Defenders Front、FPI)」で、「インドネシアのイスラム教的価値観を脅かす」として、12月に行われる予定だった「ミス・ワリア」など、トランスジェンダー関連のイベントの幾つかを暴力や脅迫を使って取りやめさせてきた。
しかし、社会の隅に追いやられているトランスジェンダーの人々にとって、少し明るい未来を予感させる兆しが見えている。ジョクジャカルタ(Yogyakarta)には2008年、トランスジェンダーの人々が祈り、コーランを学ぶための初のイスラム学校が開校した。そしてマミ・ユリさんの高齢ワリアのための施設もまた、一つの勝利とみなされている。(c)AFP/Kevin Ponniah