【1月8日 AFP】加藤英明さんが自分の出自について真実を知ったのは偶然だった──現在、医師として働く加藤さん。10年前、研修中に自分の家族の血液検査を行った際に父親と血がつながっていないことが明らかになった。

「父親」だと思ってきた男性が旅行で家を空けている間に、加藤さんは浮気を疑いつつ母親に尋ねた。しかし母親の不実どころか、加藤さんは自分の生物学上の父親が匿名の精子提供者(ドナー)だったこと、さらには両親が不妊だったことを初めて知った。「自分の半分が崩れ落ちた感じがしました」と加藤さんは語る。「家族みんなが楽しそうに海辺にいる写真はうそだったのか、などと自問しました」

 しかし、もっとよく真実を知りたいという加藤さんの願いは、両親の動揺と、遺伝的親子関係に関する詳細な情報を知るための法律が日本にないことによって阻まれた。

■世界中で多くの人が共有する問題

 これは日本だけではなく、匿名ドナーの精子や卵子によって生まれた世界の何万人もが共有している問題だ。出生について知ることで、自我の危機に陥り、他に兄弟や姉妹がいるのではないかと考え、また片方の親が同じ兄弟姉妹と知らずして恋愛関係になることはないかと不安を抱く。こうした懸念から、ドナーの精子や卵子で懐胎した子どもたちの多くが、ドナーからの提供による不妊治療の禁止を求めるようになっている。

 東京の出版社で編集者として働く33歳の女性も声を上げた1人だ。10年前、この女性は父親と生物学的につながりがないことを知り、困惑した揚げ句に大学を中退した。「私は(不妊治療を)禁止してほしいと思います」と女性は述べる。 「なぜ、養子縁組ではだめなのか。この技術は私には、『普通の家族』を装うための手段、結婚して子どもを持つことへの社会的なプレッシャーの中、不妊を隠すための手段にしか見えないのです。卵子提供で生まれた子どもたちに、私と同じような苦しみを味わってほしくないと思っています」

■英国では法律を改定

 この女性は1人きりではない。カナダ人のオリビア・プラッテンさんは自分の遺伝的出自について知るために裁判を起こし、ブリティッシュ・コロンビア(British Columbia)州の州最高裁は2011年、ドナーが提供する精子や卵子で懐胎し生まれた同州内の子どもたちに、生物学上の親の素性に関する情報入手を保証した。

 この判決は2012年11月に控訴審で覆されたが、カナダの報道によると、プラッテンさんは国の最高裁まで持ち込むつもりだという。ドナーの匿名性をなくせば、ドナーになろうという人がいなくなるという主張をプラッテンさんは認めない。AFPのメール取材に対し「不妊治療業界は(ドナーの)匿名性がなくなれば、すなわちドナーがいなくなるという誤った主張をしています。これはまったくの間違いです。他の国、例えばニュージーランドからスウェーデン、英国やオーストラリアのいくつかの州などでは(ドナーに)匿名を禁じることに成功しています」と述べている。  

 英国民健康サービス(National Health ServiceNHS)によれば、英国ではこうした子どもたちが実の親を知ることができるよう2005年に法律が改定された。しかし他の国では、匿名性を保護する何らかの法律があるか、もしくは日本のように関連法がまったく存在せず、またドナーの提供による不妊治療を医師が行うことに対する規制もない。

「(匿名性をなくし)オープンな制度にすれば、複雑さが増してコストもかかるでしょう。しかし生まれる子どもたちの権利と要求が最優先されなければなりません。不妊に悩んでいる人たちには共感します。ですが遺伝的な系統を求める気持ちは、両親の側、子どもの側、両方にとって尊重されなければなりません」

■日本国内の現状

 一方、加藤さんは実の父親が誰かを知ろうとさまざまな努力を重ね、両親が不妊治療を受けていた慶応義塾大学医学部大学院の卒業生名簿まで手に入れた。その中に精子提供者がいる可能性があるが、事実をもっと知るために元大学院生たちを訪れようとした加藤さんの決意に、周囲の男性たちからは当惑する反応も見られた。

 提供卵子による日本の不妊治療を自らのクリニックで進め代理出産の実施を公言している根津八紘医師は、子どもを欲しいという親たちの願いを無視することはできないと言う。しかし根津医師は、養子縁組の例と似ているとして「育ててくれた親との間にちゃんとした信頼関係が構築されていれば、一時的にはショックでも出自の問題は乗り越えられるものなのです」と語る。

 帝塚山大学の才村眞理教授は、この問題に関する法の制定を求める1人だ。「出自を知る権利を保障するガイドラインを作るまでは、この技術の実施を見送るべきだと思います」と言う。10年ほど前にある政府報告書が、ドナー提供者に関する情報を保証し、その子どもたちに自分の親子関係について早い時期に知らせることを勧告して以来、ほとんど進歩していないと指摘する。

 加藤さんにとって、父方の出自は謎のままだ。「生物学的な父親を忘れたことはないです。いつも潜在的ドナーのリストを持ち歩いていて、これはお守りのようなものです。でも別に、生物学上の父に、父親になってほしいわけではないんです。ただ自分の遺伝上の出自が知りたいのです」 (c)AFP/Kyoko Hasegawa