【1月11日 AFP】自動演奏ピアノが奏でるウェディングマーチに送られ、母親になったばかりのワン・ダンさんは「ホワイトハウス」と呼ばれる1室に向かって病院内のレッドカーペットを進んだ。ほんの数分前、キャンドルがともされたプールの中で出産したばかりだ。

 ゆったりとしたロココ調のソファや「モナリザ(Mona Lisa)」の模写で飾られたスイートルームで、息子を授かったばかりの28歳のワンさんは「とても広くてインテリアも素敵。ずっと『ホワイトハウス』にいたいです」と語る。

 ワンさんが第1子を出産するにあたって特別なことは、中国の首都・北京の裕福な中流層をターゲットにした高級民間施設、安太医院で米大統領府の名を冠した部屋に泊まることだけではない。都市部で専門職に就く人たちの多くが帝王切開を選択する国で、ワンさんは珍しい自然出産を選んだ。

■半数の女性が帝王切開を選択

 世界保健機関(WHO)の統計によると、中国で帝王切開を選ぶ女性の割合は、2001年には20%程度だったものが、10年を経たずして2倍以上に増え、2008年には46%を超えた。都市部では出産する女性の3分の2に達しようとしている。

 中国の出産事情はこの数十年で大幅に進歩した。90年代中盤以降、新生児の死亡率は3分の1に減り、その多くは病院での出産の普及に負っている。

 しかし中国の病院はほとんど政府からの財政援助を受けておらず、帝王切開のような手術で収入の約半分を得、残りの収入は主に診断検査や薬の処方から得ている。

 中国の「1人っ子政策」も影響している。財力のある親は、唯1人のわが子の出産は金銭をかけるほど安全だと考え、出費を惜しまない傾向があると、米デューク大学(Duke University)で中国の保健衛生について研究するシェンラン・タン(Shenlang Tang)氏は解説する。「自然出産をすると性生活にも影響を及ぼすという認識が広くある」と同氏は補足する。

 中国の自治体の中には自然出産の奨励を始めたところもあるが、この件に関する中央政府の明確な政策はない。

■水中出産やスイートルーム、自然出産促すさまざまな試み

 安太医院では女性たちに自然出産を促そうと、水中出産を選べるようにし、また妊婦たちに陣痛を軽減するための自己催眠を教えるクラスなども行っている。自然出産と帝王切開の場合の出産費用はほぼ同じで、医師が帝王切開を勧める動機をなくしている。

 安太医院のレッドカーペットは分娩(ぶんべん)室から回復のための各スイートルームまで続いている。「ホワイトハウス」の他にも、イスラム教徒のための「イスラマバード宮殿」や、モンゴルの初代皇帝チンギスハンに着想を得た名前の部屋もある。「親は自分の子どもに皇帝や王女、あるいは大統領になってほしいと願うもの。部屋(の名前)はご両親に美しい夢を見てもらうものです」と陳鳳林(Chen Fenglin)院長は語る。これまでに同医院では2000件以上の水中出産が行われた。

 分娩室の外にある自動演奏ピアノは、新生児を抱いた母親が通ると「ウェディングマーチ」を奏でる。「結婚と同じくらい、出産は喜ばしいものだということを伝えたいんです」という陳院長。このアイデアは、出産に多くの費用をかけてもよいというワンさんのような母親たちに評判がいい。「ウェディングマーチがかかった時には本当に幸せな気分がしました。出産は痛くて大変だったという人もいますが、私の場合、単純にすごくわくわくしました」。麻酔も使わずに済んだという。

 しかし、スイートルームのあるすぐ下の階では、いまだ医師たちが帝王切開術のために忙しそうにしていた。通常は帝王切開をすれば病院側には手術代が入ることから、中国における帝王切開の割合は大きく減ることはないだろうと陳院長は思っている。「いくら自然出産を勧めたところで、結局はお金の問題なのです」(c)AFP/Tom Hancock