【12月27日 AFP】ソナリ・ムカジー(Sonali Mukherjee)さん(27)は大学生だった9年前、同級生の男子学生3人に襲われた。抵抗すると彼らはムカジーさんの顔に酸を浴びせかけ、ムカジーさんの顔は酸で溶けた。

 だがムカジーさんは身を潜めたりはしない。インドで最も人気があるクイズ番組に出演し、見事に巨額の賞金を勝ち取ったのだ。

■女性への暴力件数が高いインド

 インドの首都ニューデリー(New Delhi)でAFPの取材に応じたムカジーさんは「きれいな女性の写真を見つめられるなら、焼けただれた私の顔だって見つめられるはずでしょう」と話す。「酸を浴びせられた被害者として、自殺することは簡単です。でも私は立ち上がって暴力に反対だと大声で叫ぶことを選んだのです」

 ニューデリーでは最近もバスの車内で女子大生が集団レイプされる事件が起き、インド全土に怒りの抗議が広がった。この事件で、またしてもインドは、性的暴力が「セクハラ」として片付けられがちで女性に対する暴力の度合いが高い国として好まらざる注目を集めることとなった。

 同国の犯罪記録によると、昨年の暴力犯罪25万6329件のうち、実に22万8650件が女性に対する暴力だった。

■「顔を奪い、人生を取り去った」男たち

 9年前、ムカジーさんはインド東部ダーンバード(Dhanbad)の大学に通う前途有望な学生だった。そんなとき男子学生3人がムカジーさんの自宅に押し入り、就寝中だったムカジーさんに襲いかかった。男らをはねつけたムカジーさんに向けて、3人は錆びた道具を磨くために使われる「テザーブ」と呼ばれる酸性の液剤を投げつけた。液剤はムカジーさんの顔にかかり、両まぶた、鼻、両耳を溶かした。

 ムカジーさんは22回に及ぶ外科手術を受けたが、現在も失明したままで聴力も不自由だ。

 ムカジーさんを襲った3人は逮捕されたが、数日間か勾留されただけで保釈された。事件はそのまま、遅々として進まないことで悪名高いインドの司法制度に埋もれてしまっている。

   「私が拒んだことに逆上した彼らは、私から顔を奪い、私の人生を取り去ったのです」。父親が取り分けてくれた薬を飲むための水を手さぐりで探しながら、ムカジーさんは語った。

■クイズ番組出演は万策尽きて

 インド政府は酸を用いた暴力に特化した統計はとっていないが、英ロンドン(London)に本部を置き、酸による暴力の根絶と被害者支援に取り組む国際団体「アシッド・サバイバー・トラスト・インターナショナル(Acid Survivors Trust International、酸生存者の国際基金)」によると、世界各国で報告される酸による襲撃事件は毎年1500件に上る。

 だが、より多くの被害者たちが、しかるべき機関に通報も訴えもせず沈黙を守ったまま耐えているとみられる。

 ムカジーさんは国から財政支援や法的支援を受けようと何度か陳情を試みた。インドでは自殺は違法だが、ムカジーさんは政府への陳情書に「生きながらえて苦しむよりもいっそ自殺してしまうほうがましだ」とまで書いた。だが、まったくの徒労だったという。そのためムカジーさんの家族は2階建ての自宅、農地、ウシや金などの財産を売り払い、医療費を捻出しなければならなかった。

 もう医療費のやりくりも尽きたと絶望しかけた時、ムカジーさんはクイズ番組「クイズ$ミリオネア」のインド版「コウン・バネーガー・カロールパティ(Kaun Banega Crorepati)」に応募することを決意。先月、出演者の1人に選ばれ全10問のクイズ全てに正答し、250万ルピー(約390万円)の賞金を手にした。賞金は来年行う形成外科手術の資金とする予定だ。若々しい学生だった10代の頃の写真は今も手元に残してある。

 結局、陳情書によっては何の結果も得られなかった。だが、酸によって溶けた顔を公に見せたことは大きな効果があったとムカジーさんは言う。「試みたことが全てだめになった時、自分の顔を使おうと決めたんです」。

 単に被害者として泣き寝入りはしないというムカジーさんの決意に視聴者は感動し、ムカジーさんの勝利が決まるとスタジオでは出演者も観客も一様に涙した。

 番組司会者でインド映画界「ボリウッド(Bollywood)」のスター俳優アミターブ・バッチャン(Amitabh Bachchan)さんは、ムカジーさんを「あらゆる困難に向かい闘い続ける勇気の極致」と褒めたたえ、「僕たちは時に自分の人生はみじめで、何もかも上手くいかないことだらけだと思うことがある。でも、ソナリ(・ムカジーさん)のような人に出会い、自分がいかに幸運で恵まれているかを悟るのだ」と語った。

 ムカジーさんも賞金を獲得できたことは嬉しいと話す。だが、おそらく医療費全てを賄うには足りないという。

■急がれる酸暴力法の整備

 インドの法律では、酸による暴力はドメスティック・バイオレンス(DV)法の範囲となる。だが、これは比較的軽い罪にしか問われない。ムカジーさんは名が知られたことを生かして、自分と同じ酸被害者のために、酸による暴力に特化した法律の制定を求めていきたいと考えている。

 一方、インドの隣国パキスタンでは2011年、酸による暴力に対する刑が重罰化され、最低でも禁錮14年、最高で終身刑となったほか、100万ルピー(約150万円)以上の罰金も科されることとなった。

 ムカジーさんは言う。「私に酸を浴びせた男たちは、今も堂々と辺りをうろついている。もっと厳しい刑罰があったならば、今頃は刑務所の中にいるはずなんです」

 ムカジーさんとは別の酸被害者の事件で最高裁で闘ってきたインドの弁護士アパルナ・バット(Aparna Bhatt)氏は、酸による暴力の被害者の治療費無償化と、酸の売買の規制を求める請願書を提出した。「インドには、酸による犯罪を、より包括的に定義する新しい法律が必要だ。そして被害者には医療とリハビリを無料で提供すべきだ。酸は危険な武器なのだから」(c)AFP/Rupam Jain Nair