中国「一人っ子政策」の弊害、子どもを失った親たちの不安と孤独
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【10月3日 AFP】中国・北京(Beijing)に住む55歳の女性、ウー・ルイさんは、1人娘を12歳で亡くした。そのときウーさんが失ったものは、たった1人のわが子だけでなかった。老後の安全と支えとなるはずだった存在もなくなってしまったのだ。
ウーさんは今、老朽化した2部屋の住宅に高齢の両親とともに、急病にかかることを恐れながら暮らしている。収入はわずかな年金だけで、治療費を支払えるあてはない。
中国の「一人っ子政策」では、一般的に1人の子どもが親2人と祖父母4人の面倒をみることになる。そして唯一の子どもを失った家族には、面倒をみてくれる子どもは1人も残らない。
1980年に一人っ子政策が導入されて以来、たった1人の子どもを失った家庭は推定100万世帯に上る。さらに20~30年後には、こうした世帯がさらに400万~700万世帯増える見通しだ。衰えた体や医療費など老後の面倒をみてくれる人がいないウーさんのような人々は、さらに増えていくだろう。
「もしも私が大病を患ったら、いまの蓄えでは足りないでしょう」と、ウーさんは静かに語る。「間違いなく、厳しい状況になるでしょうね」
1994年に離婚したウーさんは、その1年後にてんかんに長年苦しんでいた娘を亡くした。今は多くの時間を自宅で過ごすウーさんがセーターを編んだり食事の支度をする狭い台所は、76歳の母親の寝室も兼ねている。80歳の父親は耳が遠く、細長い部屋におかれたベッドの端に腰掛けている。天井からは裸電球が2つ、ひもでぶら下がり、壁の塗装ははがれかかっている。
病気の他にウーさんが最も恐れていること。それは、薄汚れてはいるが家賃が手頃なウーさんたちが暮らす住居が、解体処分となりそうなことだ。
北京では老朽化した住宅地の再開発が続々と進んでいる。市中心部にあるウーさんの住居がある地区でも、すでに半分が近代的な高層マンションに置き換わった。ウーさんたちの住居がある路地が次の取り壊し対象となれば、ウーさん一家は他のアパートへ引越しを迫られることになる。だが、アパートの家賃は月額2000人民元(約2万5000円)の年金よりも高額だ。
■「一人っ子政策」が生み出した高齢世代バブル
2001年以降、中国では唯一の子どもを亡くした家族に地方政府が「必要な支援」を行うことが法律で定められた。だがその支援の内容までは定義されていない。
このため制度の内容は地区によって様々だ。四川(Sichuan)省は、子どもを失った夫婦が新たに子どもを1人もうけることを認めている。上海(Shanghai)では1回限りで見舞金を支払うとしているが、その額は明記していない。
国営の新華社(Xinhua)通信によると、子を失った家庭に小額の給付金を支給している地方政府もある。北京市当局者の地元メディアへの説明によると、北京市では月額200元(約2500円)の支給と、若者たちの訪問というかたちで「精神的な」支援を行っているという。
米国を拠点とする学者で、中国の一人っ子政策を批判する書籍「Big Country in an Empty Nest(原題:大国空巣)」の著者、易富賢(Yi Fuxian)氏は、「常に存在してきた一人っ子政策だが、大きな意味があるとは思わない」と語る。
易氏は、公式統計をもとに、中国の一人っ子家庭2億1800万世帯のうち、息子もしくは娘が25歳になるまでに亡くなる家庭はおよそ4.63%に上る見通しだと指摘する。わずかながら新たに子どもをもうける夫婦もいるが、この数字は今後20~30年間で1000万組の夫婦が子どもに先立たれることを意味する。易氏ら人口統計学者らは、子を失った家庭の支援だけでなく、一人っ子政策を直ちに廃止するべきだと批判する。
これに対し、一人っ子政策の支持者らは、この政策によって人口の過剰な増加が抑制され、多くの中国人が貧困から脱することができたと主張する。
しかし一人っ子政策は、その代償として高齢世代バブルを生み出している。国連(UN)の推計によると、2050年には中国人口の30%が60歳以上となる。同時期の世界の60歳以上人口は20%、また2000年の中国における同人口はわずか10%だった。
若年層が減少すれば、高齢世代を支える孫世代が不足し、中国政府が作り上げようとしている社会保障制度をまかなう勤労世代も不足する。
■「終わりなき苦しみ」
易氏らによれば、現在の中国では、人口過剰増加のリスクなしに、より高い出生率を吸収することが可能になった。 だが、国家人口・計画生育委員会(National Population and Family Planning Commission)の李斌(Li Bin)主任(当時)は昨年の新華社の取材で、人口の高齢化問題に対策が必要であることは認識しているが、中国政府は現政策の「維持と改善」を目指していると語った。
現在では、一人っ子政策の例外適用が認められる世帯もある。女児を出産した農家や、少数民族の夫婦、夫婦自身が両方とも一人っ子だった場合などだ。
一人っ子政策のもとで子どもを育てた最初の世代が高齢化を迎えつつある現在、政府も一人っ子政策の問題を理解し始めていると、中国人民大学(Renmin University)の顧宝昌(Gu Baochang)教授は語る。
だが、高齢化問題は時間が経過するほど悪化する。このため顧教授は、もっと早い時点で行動すべきだったと指摘する。「先送りすればするほど痛みは増し、コストも増える。たった1人の子どもを失う家族も増える」
またウーさんのような家族は、将来の不安に直面するだけでなく、家族を重んじる文化の中で大きな喪失感を経験するのだと、顧教授は指摘する。
子どもを亡くした親たちが集うインターネットの掲示板に、ある母親が自身の悲しみをつづった。「美というものが全て離れていった。私の終わりなき苦しみを、雲と夜の暗闇が覆い隠す」
別の親たちの投稿も続く。
「われわれは(政府の)求めに応じ、1人だけ子どもをもうけた。それなのに、われわれに対する配慮や思いやりはどこにあるのか。いや、何もない。がん、心臓疾患、脳疾患、うつ病、その他の慢性的な重病が、扉をたたき続ける」
「(子を失った)われわれの存在に正面から取り組もうとする機関はない。われわれの悲しみに共感を覚える行政当局など、なおさらあるものか」
「こんな悲劇的な状況に陥るとは。孤独でつらく、頼れる人もいない」
(c)AFP/Carol Huang