【4月10日 AFP】チベット人遊牧民のガトウ(Gatou)さんはチベット高原(Tibetan Plateau)の草原で遊牧生活を送っていた。中国政府の定住化政策で住宅をあてがわれるまでは。

 現在のガトウさんは、中国北西部ゴロク・チベット族自治州(Guoluo Tibetan Autonomous Prefecture)の山岳地帯には不釣り合いなほど均等に並ぶ、多数の小さなレンガ造り住宅の1つに暮らしている。

 ガトウさんは自身が暮らすコミュニティで主催した祈とう祭で、AFPの取材に「彼ら(中国政府)はわれわれに、ただで家をくれる。電気つきでだ」と語った。「多くの人たちは、これを歓迎している。だが、これはチベット人を住宅に定住させる政策でもあり、伝統的な遊牧民の生活とは相いれない」

■定住プロジェクトに数十億ドル

 中国政府は、何世紀も牧草を求めて移動する遊牧生活を送ってきたチベット人を定住させようと、数十億ドル規模の投資を行ってきた。こうした政策について中国当局は、家畜や伝統的な薬草を売買する市場を作って遊牧民たちの生活水準を向上させると同時に、チベット高原に広がる環境劣化を抑制するためだと説明している。

 だが、こうした変化を歓迎しているのはチベット人の一部にすぎない。多くは数百年間続いた生活様式の消滅を憂い、定住政策は中国国内に広がるチベット文化の侵食現象の一部と受け止めている。

 人権団体「チベットのための国際キャンペーン(International Campaign for TibetICT)」の広報担当者、ケイト・ソーンダース(Kate Saunders)氏はAFPの取材に対し、定住政策の主なねらいは、伝統的に政府の介入から自由だった遊牧民たちを管理下に置くことだと指摘する。

■職や教育、医療を約束されて定住へ

 定住政策に伴い、遊牧民たちからは、家畜を強制的に売却させられることに加えて、当局が約束した雇用は得られず、学校、医療施設も未建設、定住政策が汚職の温床になっていることなど、不満の声があがっている。

「家畜を売って定住すれば仕事をくれると言われた」と、40代の元遊牧民のノルブ(Norbu)さんは語る。「けれど、見つかるのは季節労働だけで、家族を養っていくのに十分な稼ぎを得られたことがない。だまされた気分だ」

 チベット人に限定された居住区への移住は、建前上は自由意志となっている。だが人権活動家らの話では、入居に向けて政府が、かなりの圧力を加えているという。

 中国のチベット人居住地区では長年、中国の統治に対する怒りがくすぶりつづけてきた。特に近年では、チベット仏教僧が抗議の焼身自殺をする事例が相次いでいる。

■変わるチベット高原

 中国当局はチベット人遊牧民225万人のうち、すでに50~80%が定住を済ませたと発表しているが、正確な数字は分かっていない。

 国連人権理事会(UN Human Rights Council)は1月、中国政府に対し「自由意志に基づかない遊牧民の定住を停止」するよう求めている。

 国連(UN)によれば中国政府によるチベット人遊牧民の定住政策は、それぞれの地区で内容に違いはあるものの、チベット自治区、青海(Qinghai)省、四川(Sichuan)省、雲南(Yunnan)省、甘粛(Gansu)省で実施されている。

 ガトウさんによると、家畜の飼育や草原地帯へのアクセスを認められた定住者たちは良い生活を送る一方、失業の高さから、すでにスラム化が始まった定住地も出ているという。

 ガトウさんは携帯電話をもてあそびながら、雪を頂く山脈のふもとに広がる牧草地の脇に一列に並んで駐車した車やオートバイを眺めてつぶやいた。「チベット高原は急速に変わりつつある。今はあの車に乗っている人たちが馬の背に乗って移動していた時代から、まだ10年も経っていない」

(c)AFP/Robert Saiget